読書感想文|夢かうつつか幻か。
『カゲロボ』との出会いは、街の本屋さんだった。
新潮文庫のコーナーを歩いていると、「カゲロボ」と書かれた本が一冊、不自然な場所に置かれていたのだ。おそらく誰かが置いたのだろう。
立ち読みをしていた人が戻す場所を間違えたのだろうか。それにしても、本屋イチオシのコーナーに一冊だけぽつんとあるのは、意図的としか思えない。
この本を書いた作家のファンだろうか。小説の魅力を伝えたくて、わざわざ目立つ場所に置いているのだとしたら、「ご苦労様」とねぎらいの言葉をかけたい。
そんなことを考える間もなく、僕の手はせわしなくページをめくっていた。
小説の冒頭を読んでいると、なんとなく面白いことが起きそうな予感がした。近未来の話を読んでいるような感覚だった。僕は現実離れした話が大好きだ。少しだけ立ち読みをした後、僕は迷うことなくレジカウンターへと向かっていた。
だから今、『カゲロボ』という小説を読んでいる。
『カゲロボ』は連作短編集になっていて、タイトルにもある通り、ロボットがテーマの小説だ。一冊に9つの短編小説が収録されており、小説の題名がそれぞれ、「はだ」「あし」「めぇ」「こぇ」「ゆび」「かお」「あせ」「かげ」「きず」だ。
要するに、人間の身体にまつわる連作短編集なのである。
読んでいくうちに、不気味な小説だと思った。
おそらく、それがこの小説の持ち味なのだと思う。好き嫌いが分かれそうだ。お気に入りの小説として他人に勧めるのは憚られるけれど、次が読みたくなる小説だと思う。まさに、癖になる味である。書き手の視点に立ってみると、よくそんな話が思いつくなぁと感心してしまう。
特に「めぇ」という短編小説は、奇妙なお話だった。友人から認知症の徘徊老人の真似をするだけで10万円がもらえるアルバイトを誘われて、主人公の”友子"はそれを引き受ける。その事を機に、友子の身に世にも奇妙な出来事が起こっていく。
真実が嘘に変わっていく。自分が本当に認知症の老人になってしまったのではないかと、錯覚するほどなのである。
そういえば、何年か前、岩を積んでいく夢を見たことがあった。辺りには誰もいなくて、大きな岩を同じ場所にひたすら積み上げていく。まるでピラミッドをひとりで建設しているみたいな不思議な夢だった。
そんな夢が何日もつづいた。次の日も、そのまた次の日も、まったく同じ夢を見た。岩を積み上げていっても、完成する気配はなかった。それどころか、毎回、前日の夢の最初のところからやり直しだった。
誰かに巻き戻しボタンを押されたか、ゲームのリセットボタンを押されてしまったかのように、同じ夢が繰り返されていた。もし、あのとき見た夢が本当は現実で、現実世界が夢だったとしたら。考えただけでも恐ろしい。
木皿 泉さんの『カゲロボ』を読んでいたら、昔見た夢を思い出し、そんな非現実的なことばかりが脳裏に浮かんでくる。
小説はこれだから面白い。物語をひたすら、辿って読んでいくのも楽しいけれど、自分との対話も醍醐味のひとつなのである。小説世界で描かれている物語の横で、僕の物語も並走していく。
思い返せば、『カゲロボ』との出会いは街の本屋さんだった。
新潮文庫のコーナーを通ったとき、不自然な場所に置かれた一冊の本に吸い込まれるように手が伸びていった。もしこれが初めから仕組まれていた罠だとしたら。何者かに操られていたとしたら。いや、もう考えるのはやめにしよう。
2022.7.27.
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