超短編小説|包丁
店主は言った。
「お客さん、この包丁は切れ味がいいですぞ。なんでもサクサク切れる。ほら」
店主はトマトだって、ごぼうだって、玉ねぎだって、何でもサクサク切っていった。世界でいちばん硬いとされる鰹節でさえ、手を添えるだけでいとも簡単に切っていく。
「どうだい、おねえさん? 気に入ったかい?」
店主は目を輝かせている。わたしは、彼の瞳の奥にいる少年が話しかけているような純粋無垢な気持ちになる。即座に「買います」と店主に言い、わたしは店を出た。
家に帰り、さっそく買った包丁を試してみる。
冷蔵庫からりんごを取り出し、まな板の上にのせる。左手を添えて、右手で持った包丁を縦に下ろす。スパっという音と共に、りんごが一瞬で真っ二つに割れる。
やったー。まるで、わたしがスーパーマンになったみたいだ。しかし、大喜びしたのも束の間、わたしは目の前の状況に理解できず、立ちすくんでしまう。
だって、まな板も割れていたんですもの。
〈了〉
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