超短編小説| 『森』
「ここはどこ?」
「森でございます。お嬢様が生まれるずっと昔には、森という場所がございました。そこには木という植物が生えていて、とても静かで心落ち着く場所でした」
「音が聞こえるけど、これはなに?」
「鳥でございます。羽がついていて、空を飛ぶことのできる動物です。植物や動物が共存していて、こんな自然豊かな場所が私の幼い頃には、まだございました」
おじいさんはそう言うと、わたしたちは森を見学した。わたしは太陽の日差しの眩しさを感じ、木陰で腰を下ろした。上から鳥のさえずる声が聞こえてきた。まるで楽器の演奏を聴いているみたいだ。
西暦2150年には、森という場所も森という概念もなかった。だから、わたしたちは、歴史資料館の立体映像でしか森へ行くことはできなかった。
歴史資料館は、森を忠実に再現しており、太陽の日差しの変化や鳥のさえざる声、森の奥深くの新鮮でひんやりとした空気までもが本物そっくりだった。
けれど、おじいさんには分かっていた。
どれほど精密に再現したところで、それは森とは呼ばないことを。
〈了〉
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