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やまとのショートストーリー|短編小説

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自作の短編小説をまとめています。 どれも短いお話なので、手軽に読めます。
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2021年6月の記事一覧

【バックナンバー】 『塾講師日誌』

この記事では、連作短編『塾講師日誌』のエピソードのバックナンバーを収録しています。 タイトルをタップすると、リンク先へ移動できます。 1話『 塾の勧誘 』 2話『 講師面接 』 3話『 合否発表 』 4話『 バイト研修 』 5話『 初指導 』

[小説] 新しいバイト先

 五月のある晴れた朝、僕は一人の男とすれ違う。黒のスキニーパンツと水色のシャツを着た端正な顔立ちの男だった。彼は少しはにかんだ笑みを浮かべて、僕に話しかけた。  「カフェに興味はありませんか?」  「カフェは好きですけど、なにか?」 「僕はカフェの店長なんです。今バイトを探してて.....」  男は終始物腰がやわらかく、丁寧な言葉遣いをしていた。なんだか信頼できそうだ。見かけだけで判断するのはよくないが、彼の端正な容姿と相まって品の良い雰囲気が漂っていた。僕がこれまでに出

超短編小説|移住計画

「博士。発見しました。」 「本当か?住めそうか?」 「はい。ここなら、空気も水もあります」 「よくやった」 乗組員も含めこの宇宙船に乗っている者は、突然の朗報に喜悦の表情を浮かべた。なかには歓声を上げる者もいた。それも無理はない。ずっとこの日を待ち望んでいたのだ。 振り返れば十年前。我々はこの宇宙船に乗り込み、新たな居住地の探索に踏み出した。温暖化が激化し、移住を余儀なくされたからだ。そして十年間もの間、この宇宙船の中で生活していた。 船上に娯楽などひとつもない。つねに

超短編小説|雨に濡れない傘

 五月の大雨の日、ひとりの詐欺師の男が僕の前にあらわれた。 「お兄さん、傘をさしているのにずぶ濡れだねぇ」 「そうなんです。傘をさしていても、この豪雨じゃどうしようも」 「そうだねぇ。私を見てごらん」  そこには、明らかにおかしなことが起こっていた。男は傘をさしているが、まったく雨に濡れていない。むしろ、雨の方が男の傘をよけている。まるで、光が反射したかのように雨が反射しているみたいだった。 「傘どうなっているんですか?」 「実はね、私は研究者なんだけど、この傘を開発した

超短編小説|浪人生の過酷な寮生活

 僕は大学受験に失敗し、浪人を余儀なくされた。地元を離れ、田舎の予備校に入り、同時に寮生活が始まった。  寮はお世辞にも綺麗とは言えなかった。昔からある古めかしい建物で、4畳くらいのせまい寝床が与えられた。そこには厳しい寮長と親切そうなスタッフのおじいさんや、毎日料理を作ってくれる寮母さんがいた。  風呂トイレは共同で、予備校から寮にもどってくると、みんなと一緒にお風呂に入る。そこは、広々とした気持ちのいい大浴場だった。湯船に浸かり、予備校の他愛もないことを話した。予備校に

超短編小説|羊との密やかな会話

「大人になるのは、簡単よ。子どもを否定して、大人のふりをすればいいのだから」  羊は私にそう話して聞かせてくれた。私はもっと聞きたくなり、彼女に尋ねたものだ。 「大人になったら、何かが変わるの?」 「セキニンというおもりを背負って、生きていくことになるわ」 「それをどこかに置いてしまえばいいんじゃないの?」  私は、夢中になって質問をつづけた。それでも、羊は私に付き合ってくれる。いつしか、これが毎日の恒例行事となっていた。 「それは、できない。誰かが悲しむことになるわ