超短編小説|雨に濡れない傘
五月の大雨の日、ひとりの詐欺師の男が僕の前にあらわれた。
「お兄さん、傘をさしているのにずぶ濡れだねぇ」
「そうなんです。傘をさしていても、この豪雨じゃどうしようも」
「そうだねぇ。私を見てごらん」
そこには、明らかにおかしなことが起こっていた。男は傘をさしているが、まったく雨に濡れていない。むしろ、雨の方が男の傘をよけている。まるで、光が反射したかのように雨が反射しているみたいだった。
「傘どうなっているんですか?」
「実はね、私は研究者なんだけど、この傘を開発したんだよ。これには、特殊な電気を利用していて、雨をよけることができるんだ。だから、今日みたいな大雨のときでも、全然余裕なんだ」
男は、自慢げに傘の仕組みの解説を始めた。聞いても僕にはさっぱり分からない話だった。
「もうじきノーベル賞を取るんじゃないかなぁ」
「そんなすごい研究なんですか?」
「そうだよ。日本じゃ僕ぐらいかなぁ」
こんなチャンス二度とないかもしれない。研究中の製品を使ってみることなんて、これまでにもなかったし、これからもないだろう。そんなことを考えていると、彼からこんな話を持ちかけてきた。
「よかったら、この傘を買ってくれないか?研究費が必要で、いま色んな人にお願いをしているんだよ」
「いくらですか?」
「10万円だ」
さすがに高いと思ったが、研究中の試作品なら仕方ないのかもしれない。まだ世に出ていない製品だし、家族にも友人にも自慢できるだろう。
僕はポケットに入っていた財布から1万円札を10枚取り出し、ゆっくりと数えて、男に渡す。
「本当にありがとうございます。これで生きていけます」
「いえいえ。こちらこそ、光栄です」
僕は、さっそく家に持ち帰り、傘をじっくり眺めていた。電気の正体に気づいたのは、それを触ったときだった。痛っ。僕の体に電気のようなものが流れた。
もしかして、特殊な電気の正体というのは……。僕は、すっかり詐欺師に騙されてしまった。
サポートして頂いたお金で、好きなコーヒー豆を買います。応援があれば、日々の創作のやる気が出ます。