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哲学#023.美人という神話と経済の関係。

ほとんどの女性は「美人」を目指して日々たゆまぬ努力を続けていることと思います。私も子どものころから自分の実体以上に「美人」に見えるよういろいろ工夫して生きていました。ヘアスタイル、メイク、ファッションなど、雑誌などを参考に多くの時間とお金をそれに費やしました。勉強よりそちらの方に力を入れていた感があります。最近は整形をする女性も増えていますね。

女子が集まると、話題はお洒落と恋愛がほとんどでした。みんな、女性は「美人」を目指すことがあたりまえのように考えていたと思います。私もいつの間にかそういう考えを刷り込まれていました。それが滑稽な思想だということに気がつくまでに、それなりの哲学の勉強と恋愛・結婚・離婚経験が必要でした。

私が何に気がついたのかというと、「美人」を目指して頑張るという行為は、自分の「商品価値」を高めようとしているということに気がついたわけです。
つまり、私の人生の目標は「幸せな結婚」だったわけで、そのためにはなるべくスペックの高い男性の心を捕らえなければならないというわけです。
女性は結婚しなければ幸せになれない、男性によって自分の価値を認められなければならないという危険思想に、私は洗脳されていたのです。
私は美人」というアピールをすることは「私を所有して」ということに気がついたのでした。

人生の目標が「幸せな結婚」から「自己研鑽」に変わったとき、私にとって自分が「美人」であるかどうかということは、どうでもいいことになりました。
人は結婚しなくても幸せになれます。これについては、拙稿『哲学#004.真の幸せとは。』をご参照ください。
ただし、結婚が「自己研鑽」の場になるのなら、それはそれでいいとも思います。

で、「美人」という概念の「ゆがみ」について、昔の人も認識していたようです。それはギリシャ神話の「パリスの審判」という物語でも語られています。内容は世界初として知られている「美人コンテスト」の話です。

舞台は、神々によって支配されてきたギリシャ神話の世界が、人間を主役とする時代に移り変わっていく変わり目となるころの海の女神テティスと人間の英雄ペーレウスの結婚式です。
すべての神々が集まった大がかりな祝宴が開かれましたが、たった1人、争いの女神エリスだけは招かれていませんでした。エリスは不美人として知られていましたが、そのために敬遠されたのかどうかはわかりません。
怒ったエリスは、祝宴の場に黄金の林檎を投げ入れて姿を消しました。その林檎には「最も美しい女のもの」という言葉が刻まれていました。

で、争いの女神エリスの思惑どおり、この黄金の林檎をめぐって3人の女神の間に争いが起こってしまいます。
神々の王ゼウスの妃である女神ヘーラーと、知恵の女神アテーナー、愛と美の女神アプロディテーの3人が、その林檎は自分のものであると主張したのです。
あちらをたてればこちらがたたず、困ったゼウスは、誰が最も美しいか、トロイの若い人間の王子パリスに審判させることにしました。
 
いきなり大役を押しつけられたパリスは、輝くばかりの美しさの女神を3人も目の前にして、とまどうばかりでした。
そこで、フリーズしたかのように何も言うことができないパリスに、女神たちはそれぞれ自分を選んでくれたら見返りを与えると約束したのです。
 
ヘーラーは「世界の支配権」、アテーナーは「戦争で勝利をもたらす知恵」、アプロディーテーは「世界(地上)で最も美しい女」を与えると約束しました。
パリスは純真な若者らしい選択をしました。富や権力よりも「美人」の贈り物を選んだのです。その「世界で最も美しい女」がスパルタ王メネラーオスの妻だったヘレネーです。
 
漠然と話の流れをなぞっているだけであれば、富や権力よりも「美人」を選んだパリスは、人間らしい「」ある人物と多くの人は思うかもしれません。しかし、ここに注意しなければならない重要なポイントがあります。
それは、パリスは「世界で最も美しい女」をまだ見ていていない時点で選んだということです。パリスヘレネーを実際に見て選んだわけではないのです。
 
ここに神話の語り部の底抜けに深い「知恵」があります。
つまり、この物語を語り出したのはどこの誰かはわかりませんが、その人物は「美人」というものに絶対的な「実体がない」という事実を私たちに突きつけているわけなのです。
 
要するにパリスは、「美しいといわれている女」であれば誰でもよかったということなのです。それがへレネーでなくてもよかったのです。パリスヘレネーの実際の容姿と人格はどうでもよかったということなのです。ただただ、「美しいといわれている女」が欲しかっただけなのです。これが残酷な事実です。
 
美しいといわれている女=美人」とはどういう存在かというと、ヘレネーが置かれていた社会的立場を考えればよくわかります。
ヘレネーは、愛と美の女神アプロディーテーが自分の主体的な判断によって世界で元も美しいとした女性ではありません。確かに美人だったのかもしれませんが、ゼウス人間との間に生まれたハーフの娘でギリシャでは有名なアイドルという付加価値がついており、ギリシャ中の王が「所有」したくなる「価値(ステイタス)」をもっていたのです。
つまり、ヘレネーは世界一「所有欲」をかきたてられる女性だったのです。
 
さらに、あまりにも多くの人がヘレネーを「所有」しがたるので、争いを避けるためギリシャの王たちは協議を重ね、スパルタ王の妃という立場にヘレネーを納めておくということで合意に達し協定が結ばれていました。そして、誰かが抜け駆けしてヘレネーを奪うことがあれば、みんなで協力して奪い返すという約束もしていました。
 
そのヘレネーアプロディーテーにそそのかされたトロイの若造パリスが誘惑して駆け落ちしてしまったから大変、ギリシャの王たちが意地になって取り返そうとしてトロイに攻め込み、それが「トロイの木馬」でも知られる「トロイ戦争」につながったといわれています。それが史実かどうかは不明ですが。
ただ、それが「所有」をめぐる戦いであったことは、確かなようです。

美人」を「」や「貨幣」に置き換えて考えてみると、世界の「価値」の構造が見えてきます。
人は、ただ単に価値があるといわれているから価値があるものに、本当に価値があると思い込んでしまう傾向があります。そして、実体のないものに振り回されて人生を終えるです。不条理です。哀しいのです。
 トロイの神話が不条理で哀しくて、私たちの心をとらえ続けているのは、そのように考えさせられる示唆がたくさん隠れているからだと思います。
 
私たちは少しでも「美人」に近づこうと努力しますが、それが本当に「」に近づいているのかどうか、よくよく考えてみる必要があると思います。「美人」のトレンドは年々変化していくものです。平安時代の美人と現代の美人は違います。
みんなが美しいというから美しいと思うのではなく、自分の考えや感覚で美しいと判断できる価値基準(自分軸)をもった方が、人生は楽しいと思います。そのためにも、自分にとって何が大切か、自分の頭で考えることが必要だと思うのです。
 
たとえば、モーツァルトの音楽。モーツァルトは有名ですからみんなが彼の音楽を賞賛します。みんながいいというからそうなんだろうと思いながら賞賛するのと、心の底から彼の音楽の素晴らしさを実感するのとでは、雲泥の差があります。
それを実感するには、自分の頭で考えて懸命に生きた経験が必要だと私は思っています。どこにいても綺麗だなぁと思えるものを見つける感性を育てる必要があると思うのです。それが「」の発見です。それが人の内面の豊かさだと思うのです。

私の願望は、「美人」になるより、存在そのものが美しい人になりたいということです。つまり、「所有」という関係からは、なるべく遠ざかりたいのです。
 なぜかというと、世界中の争いは「所有」をめぐって起こっていると思うからです。人々の関心はもっぱら「所有」とその「保護」に向かっています。なぜなら、「所有」は「」と「快楽」を与えてくれるからです。
ところが「所有」を重視した人間関係を構築してしまうと、人の内面の豊かさが失われていく傾向にあると思うのです。内面の豊かさがあれば、人は「本質的な価値」を見いだすことができる可能性があり、そうなれば「所有」についても、どうでもいいことになると思うわけです。


                                     


※冒頭の画像はウォルター・クレインの作品『パリスの審判』です。

【参考文献】
『雇用・利子および貨幣の一般理論』ジョン・メイナード・ケインズ/東洋経済新報社
『二十一世紀の資本主義論』岩井克人/筑摩書房

 「パリスの審判」のエピソードは、ケインズが「株式市場」のモデルとして紹介しています。岩井氏も「価値形態」を考えるうえでの例として紹介しています。
 
 【余談】
ゼウスがなぜ争いの女神エリスを結婚式に招待しなかったかというと、戦争を起こさせるためにわざとやったという説があります。なぜ戦争を望んだかというと、人口が増えすぎて失業者があふれ、失業者対策のためだったといわれています。ひょっとして昔の人はすでに戦争の本質に気づいていたのかもしれませんね。
ちなみに、ヘレネーがトロイが滅びた後にどうなったかというと、ちゃっかりスパルタ王のもとへ戻って幸せに暮らしましたとさ、という結末です。不条理ですね(笑)。

【後記】
美」を実感するには、自分の頭で考えるというプロセスが必要と述べましたが、次回はそのあたりのことを詳細に考察してみようと思います。


 【管理支配システムに組み込まれることなく生きる方法】
1. 自分自身で考え、心で感じ、自分で調べる
2. 強い体と精神をもつ
3. 自分の健康に責任をもつ(食事や生活習慣を考える)
4. 医療制度に頼らず、自分が自分の医師になる
5. 人の役に立つ仕事を考える
6. 権力者に依存しなくても生きていける道を考える(服従しない)
7. 良書を読み、読解力を鍛える(チャットGPTに騙されないため)


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