生け花
母は生け花を習っている。もう20年以上習っていいるのでかなりの腕前らしい「らしい」というのも私にはさっぱり生け花の骨頂がわからないからだ。母は仕事をしながら3人の子供をそだててきた。仕事に家事に勤しむ少しの合間をぬって習得してきた。唯一の文化人らしい技術なのだ。それはそれは誇らしく、活けるたびに、その生け花の感想を家族全員に伺う。しかし伺ったところ「きれいだね」「よく活けね」と言うしかないのだ。そして母が求めているのはその答えではない「きれいだね」と答えたところで、彼女は「もっと正面でよく見て!」正面で見たところで花は花で、もう一度 私:「きれいだね」母:「違うの、この草はこの花に沿っていけてるの。」なんともピンポイントである。そのピンポイントを見事クリティカルヒットさせるのは至難の業である。