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#169 芥川賞候補作 感想&受賞予想♡

お久しぶりの投稿です。読書はチラチラしていますが言語化する元気がないまま月日が過ぎました。が、今年もやってきました上期の芥川賞!!!(と、直木賞♡)
芥川賞については候補作を全部読んで予想をする遊びを、今回もしようと思います。
今回、良作揃いでしたよねー・・・それぞれに好きなところがあって、めちゃめちゃ迷いました。純文学って何ぞや??と改めて思ったり。どれも非常に面白かったです。

簡単な紹介・感想と、最後に予想を書きます。
各項目では作品のネタバレすると思いますので、気になる方はお気を付けください。(とはいえいつも言っていますがすぐれた純文学はわたしごときがストーリーに言及したとて面白さは色あせないと思っている)

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①市川沙央「ハンチバック」

文學界5月号に掲載。今年の「文學界新人賞」受賞作ですね。
これは、新人賞が出てすぐ読みました。前情報ゼロで読んで、めちゃくちゃ衝撃を受けたのが記憶に新しいです。
作者と同じ難病「筋疾患先天性ミオパチー」という病気を患う女性が主人公の物語。パワーがものすごくて、でもこういう小説ってパワーだけで押し切る傾向があるけどこの人の小説は文章もとてもうまくて、「文章を読む」ということにまったくストレスを感じさせない作品でした。

「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。」

本文より

難病のことを全然わかっていないわたしは内側から見た風景に驚くばかりでした。勢いがすごすぎて、逆に不快感すら覚えることもありました。紙の本を読むのがとても不便だということを語る描写があるのだけど、そこが結構インパクトが強くて印象に残り、なんで紙の本が好きな健常者のことをそこまで言われなきゃいけないの?好きだっていいじゃんか別に!と、思わず反発心を抱くほど、のめりこんで噛みつかれに行ってしまった作品でした。

これが受賞したらすごいな、と思うしいろんな人に読んで欲しい(最初の衝撃がまずやばくて、そこからずっとその感覚が続く感じ)のだけど、懸念点は2つあって。まず1つ目はいろんな人が書いている(そして文學界新人賞の選評にもある)「ラスト」の落とし方。このラストはいるのか?どうしてこうしたのか?というのは、前回候補作の『ジャクソンひとり』を思い出したりした。純文学って終わり方難しいんだろうなとは思う。でも、このラストを入れた意味はよく分かっておらず、ノイズとまではいかないけど、それまでの世界観が薄まる感じはありました。
2つ目は、作者ご自身も患っている難病を持っている人が主人公だからこそ、2作目はいったい何を書くのだろう?という疑問。この素晴らしいエネルギーを放ちまくる作品と、同じ、もしくはそれ以上の作品をどのように生み出してくれるのだろう、と。もちろん芥川賞は「作品」に与えられる賞だから、この一作が持つビカビカッとした太陽みたいな強さを評価することは全然あり得るのだけど、市川さんの次回作もぜひ、同じ熱量のものが読みたいし、気にはなっている部分です。

②石田夏穂「我が手の太陽」

群像5月号に掲載。石田さんにしてはちょっと珍しい文体。主人公は男性の溶接工で、お仕事・職人小説。
丁寧な仕事が売りだった溶接工の伊東が、だんだんうまくいかない「ズレ」を感じてきてこれまでの積み上げてきたものやプライドと、うまくいかない現実と、これからとにもがき苦しむお話。
お仕事小説は面白いですね。特にこういう職人芸のような仕事は、普段まったく見えない世界を見せてくれる面白さがあると思っています。
この小説のポイントは、「伊東の不調が単なる”スランプ”ではなく不可逆なもの」なのではないかというところ。感想を巡ると「スランプ」と表現している人が多かったのですが(そして紹介文にも「スランプ」とあったのですが)、スランプてあくまで一時的なものだと思っていて。作中で明言はされていないけど、「一時的な不調」ではなく、例えば老いだったり身体に蓄積したものだったりのせいでこれはもう「不可逆な」ほころびなのでは、と感じました。そしてそれを感じるととても怖い。第三者目線のわたしですら怖いのだから、主人公はそりゃ直視できないだろうと思う。
だって、タイトル「我が手の太陽」だよ?自分が扱う火のことを「太陽」と言うほど神聖でほこり高く思っている人だよ?そう思うと非常に切ない。

ほころんでいく、ゆっくり確実に壊れていくこととどう向き合い共存していくかは、山家望さんの『紙の山羊』を思い出しました。これめちゃくちゃ好きな作品で、以前レビューしています。

結局どうするかは明らかにされていませんが、とてもヒヤリと怖く、でも余韻を残す終わり方がよかったです。一方、最初の方がやや説明的な描写が続き、入り込むまでに時間はかかりました。入り込んでからは面白かった。
あと、結局あの検査員は・・・?というあの展開は実はノイズだったのではと思っている。ちょっと思考がずれた方向に引っ張られたような感覚があったので。このあたり、プロの方はどのように評価されるのでしょうか。楽しみです。

③児玉雨子「##NAME##」

文藝夏号に掲載。
これはジュニアアイドル(と言ってよいのかしら)経験のある主人公の一人称小説。アイドルとしてはCMに出たことはあれどあまり鳴かず飛ばずな成績な主人公の、小学生時代の話と大学生時代の話が入り混じって書かれています。(とはいえ、章の前にしっかり「〇〇年」みたいな区切りはあるのでわかりづらいことはない)
この作品で扱われている要素の一つとして「児童ポルノ」があって。主人句の雪那(せつな)は小学生のころから水着の上に制服を着てプールで撮影、みたいなちょっとグレーなことをしていて。(本人に自覚はない)
それが後々物語の中で効いてくる感じなのです。
この作品を『社会派小説』と評している感想を何件か見つけましたが、わたしもそう思った。児童ポルノの影響、インターネットに残り続ける名前、二次創作サイトの夢小説。いろんな要素がパチパチ規則よく詰められていて、読み物として非常に面白く興味深く読みました。
一方、このタイトルは夢小説で名前を入れなかったときに表示される部分なのだけど、そのタイトルの意味が分かりそうでわからなかった。いろんな要素はあれど、濃度が一定な気がしたので、どうしてここがフィーチャーされているのだろう?と。(多分わたしの読み取り方が甘いだけ)
そして主人公の内面というか感情的な部分があまり読み取れないまま進んだので、物語がどんどん進んでいくというイメージ。読ませる話ではあるけど、もう少ししみ込んでくるものがある方が好みかもー…という印象。でもきっとこれは誰が読んでも一定以上の「おもしろさ」を感じる小説だとおもったし、きっとわたしの読み取り方は浅い。

④千葉雅也「エレクトリック」

新潮2月号に掲載された作品。千葉さんの小説は前回の候補作『オーバーヒート』も楽しく読んだのですが、本作、非常にバランスが良くて好きでした。
舞台は1995年の宇都宮。1995年と言えば、阪神淡路大震災があり、地下鉄サリン事件があり、大変な年だったのですってね。わたしはこのころまだほんの子供だったので、社会的インパクトは体感としてはよくわからないのだけど、その時代を体感していないわたしでも、本作はとても面白かったです。
主人公は高校2年生の達也。父親は一社に依存している広告界者の社長で、趣味でアンプの製作に奮闘している。タイトルの「エレクトリック」の意味は色々あると思うのだけど、冒頭で出てくる「ハンドパワー」(静電気)だったり、ウエスタンエレクトリック社のアンプだったり、達也が初めて「インターネット」という電子世界に足を踏み入れることだったり、「電気」モチーフがとてもうまく効いている(し、なぜか「電気」ってつながりっぽいものを生み出してくれる)と思った。同性愛、家族内のちょっとしたこと、友人づきあい、東京へのあこがれ、父の会社…などいろいろな要素はあれど、それが邪魔しすぎず干渉しあっているところにリアルを感じた。達也の目から見た1995年は、昔のことなのになぜか近未来にすら感じた。
この作品、「ストーリー」を語るのはとてもわたしには難しいのだけど、達也目線の世界の広がり方、予定調和ではない展開や1995年という時代背景が効いていて、すんごい気持ちよかった。ああ「純文学」読んでるなぁという気分になった。小奇麗にまとまりすぎている、ような気もしなくないけど、痛いように明るい電気がつなぐ世界観にずっと浸りたいほど好きでした。

⑤乗代雄介「それは誠」

文學界6月号に掲載。乗代さんの作品は結構読んでいて、前回の候補作『皆のあらばしり』が読後感が好きだったんですよね。山田詠美に「あざとい」ってぶった切られていたけど。笑『旅する練習』もよかった。単行本になっている『パパイヤ・ママイヤ』みたいな青春小説も気持ち良い。
そして、すばる5月号に短編が掲載されていたのだけど、それがまぁもうものすごい小説で。乗代さん得意の吸い込まれるような自然描写や軽快な(ちょっとうさん臭さのある)キャラクター使いもあれど、展開とオチがすごすぎて、なんてものを書くの!とちょっと食らってしまった。それを読んだ直後だったから、めちゃくちゃ期待をして読みました。
結果、とても良かったです。修学旅行で東京を訪れた高校生たちが、主人公の誠が「親族のおじさんに会いに行きたい」という単独行動の要望をなんとかみんなでかなえていくお話。それを誠が回想しながら執筆しているというていなので、だいぶ誠目線から見たお話ではある。
これも、青春小説というか、ロードムービー的な作品だと感じた。本当に最初の最初は、人物の説明的な描写や独特の(高校生が書いている回想という)文体に若干入っていくのに苦労したけど、入り込んでからは夢中で読んでしまった。特に男子たちがピザ…らへんから良いよねぇ。乗代さんの小説は安心感と、でも若干のこわさがあって(急にめちゃくちゃ裏切られたりもする)、その危うい感じが作品とマッチして引き込まれました。読みやすい作品で青春を追体験したような。純文学を読んでこういう気持ちになることはとても珍しく、良いもの読ませていただきました!という感じ。


★芥川賞予想

以上、ここまで紹介とも言えない紹介(というかただの感想)なのですが、ここからは芥川賞を予想してみようと思います。
言うて、お遊び企画だし、わたしの感性なのであたったらおもしろいな、くらいでゆるく。

本命:『エレクトリック』
対抗:『それは誠』
大穴:『ハンチバック』

で、どーーーーだ!?!?!?!

まず、圧倒的に面白かった&上手かったと思ったのが『エレクトリック』。全体のバランスも良く、世界観も良く、非常に引き込まれる話だった。
そして、一人称の使い方が一番秀逸だと思った。今回、一人称という視点でいうと、児玉雨子さんの『##NAME##』や乗代雄介さんの『それは誠』も、幼い子供の視点から書かれていました。(児玉さんは小学生~大学生、乗代さんは高校生。)でも、その視点の使い方が一番うまく成功しているのは千葉さんの作品ではないかと。児玉さんのは小学生のころと大学生のころで、あまり人称による違いが判らなかった。(というか小学生目線の描写が大人びすぎていて違和感を感じる部分はあった。) 乗代さんは、高校生の「回想」という形をとっているのだけど、それが意味するところ、どのように効果的に出ているかはわたしにはわからなかった。
千葉さんの作品は、一人称が本当にうまく効いていて、高校生が世界の広がりを少しだけ感じる瞬間のドキドキする冒険のような感情が流れ込んできてとても良かったです。
もう、ただただわたしが「好き!!!」ていうだけなのですが、今回は『エレクトリック』の受賞を推します。

同時受賞があるとしたら『それは誠』か『ハンチバック』で迷ったのだけど、荒々しくも壮大な冒険譚としてまとめあげた『それは誠』を推したいなと。そしてこれが受賞したら、「芥川賞やるやん!!!」て思うなと。(何目線・・・) あとは単純に乗代さんが好きというのもある。4度目のノミネートですよ。

大穴にしたのは一番予想できない『ハンチバック』。正直、ここ最近の「新人賞枠」の中では群を抜いて上手いと思った。世間へのインパクトもめちゃくちゃ強いのではないでしょうか。あの小説にみんな一度、喰われた方が良いよ。だからこそ推すけど、やっぱり「ラストの展開」と「作者と同じ難病を患っている女性が主人公」という点が気になるので、大穴にします。

なので、予想としては
①千葉雅也さんの単独受賞
②千葉さん、乗代さんの同時受賞
③千葉さん、市川さんの同時受賞

の順番かな~~~(予防線はりすぎ!!!)
どんだけ千葉さん好きやねん。でも『エレクトリック』の良さをきれいに言語化できていないのもどかしいな。早く選評が読みたい。

というわけで、明日(もう今日)7月19日は第169回芥川賞の発表です。仕事の関係でリアルタイムでニコ生を追えないのがもどかしいですが、非常に非常に楽しみに、待っています!!!!!

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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