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明日へ向かって 66

 山本は続けた。
「いきなり練習をしながらオープンディスカッションというのは無理があるかと思って、スタイリストとスタイリストではないメンバーを混合した会を企画してみたら盛り上がったよ」
 スタイリストからスタイリストになる前に心がけておくことや、なぜスタイリストになりたいと思ったのか、といったことをテーマに沿って本音で語り合ってもらう場を作ったのである。
 そうした実践的なテーマをオープンディスカッションに盛り込むことで、参加者も次第に増えてきたようである。
「よかったですね」
「森下さんに言われたことを後でじっくり考えてみたら、やっぱり自分たちに役立つことから始めてみないと興味が湧かないだろうということがよく分かった。ありがとう」
 いいえ、と照れ隠しに笑ってから、希美は、自分のことを話し始めた。
 合同ミーティングで話題となった医療現場を見ているという話から、年明け早々には六甲の家というホスピスを訪ねることでそれが実現したことをかいつまんで説明した。
 すごいね、うまく進んでんじゃん、と山本は褒めてくれた。
 その後、会社の合併以後に感じている疎外感についても、希美は素直に話した。
「そうか、たしかにいまはちょっと難しいかもしれんなあ」
 山本は、希美の話を聞き終えてから、そう言ったきり、腕を組んだまま黙り込んだ。
 居酒屋の喧騒は、ふたりの沈黙などおかまいなしにそこかしこで飛び交っていた。
 やはり、このような活動は正社員のものであって、自分のような者が出る幕はないのではないかと希美は改めて思った。
 それはこの活動が始まった当初から希美の心の中にふつふつと存在していたものであった。
 あのときの思いは正しかったのではないか。きっと、私なんかがでしゃばるところではないのだ。
「でも、会社がそういうときだからこそ必要なんだと思うよ。いまだからこそ、森下さんが忘れちゃいけないんだと思う」
 でも、と言いかけた希美の言葉を遮って、山本が話を続けた。
「そりゃ、森下さんのような若いひとが進めていくには根気のいることだと思うけど、だからこそこの活動の意味があるんだと思う。ほら、俺のこないだの失敗例だってそうだろ。この活動はさ、やっぱり若いひとのもんなんだって。俺たちのようなもう若いとは言えない世代からしたらさ、どうやって自分たちのものとして、これを次の世代に受け取ってもらえるのかってそればっかり必死に考えてる。だからね、森下さんでいいんだよ」
 希美はそれ以上何も言えなくなった。込み上げてくる熱い気持ちを抑えるのが精一杯だった。と同時に、使命感にも似た焔が身体の中でぽっと灯ったのを感じた。

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