阿牧次郎

阿牧次郎(あまき・じろう)  1970年大阪府生まれ、上智大学法学部法律学科卒業。時代…

阿牧次郎

阿牧次郎(あまき・じろう)  1970年大阪府生まれ、上智大学法学部法律学科卒業。時代小説の分野で執筆を始め、歴史小説にも範囲を広げて活動中。 (「著者略歴」より)

最近の記事

松永久秀の最期と、その後のイメージなど(1) 久秀の最期について

「梟雄」扱いされる戦国武将の代表格、松永久秀  自分の作品中で扱った話に、学術上の争点に関わるような事が多かったので、史料がらみの細かい話をする記事が多くなってしまいました。学術的な話が一段落したこともあり、あまり重くならないような話を扱ってみようかと思います。  「梟雄」と呼ばれる戦国武将のうち、まず紹介される人といえば斎藤道三あたりと並んで松永久秀、となることが多いのではないでしょうか。松永久秀は主家を乗っ取り、将軍を殺し、東大寺の大仏を焼くという、大悪事を三つもやっ

    • 三好為三周辺の人物についての検討

      1.三好為三  私の小説『河内の国飯盛山追想記』の主人公三好為三は、真田十勇士の三好清海・伊三入道兄弟のモデルになったとされる人物である。従来、実在の人物である本人の名は法名の為三で呼ばれてきた。諱については、政勝であろうとされてきた名は実兄である宗渭の諱である、とするのが最近の研究では、ほぼ異論の無いところかと思われる。為三の名前については、法名が為三、号が一任斎、諱は不明とするものが多かったと思われる。織田信長、足利義昭、千利休などの書状に宛名を一任斎としたものがあるが

      • 学術論文『三好にまつわる諸々事(エトセトラ)』から派生する其他事項(エトセトラ)

        1.東京大学史料編纂所研究紀要第31号掲載論文、村井祐樹『三好にまつわる諸々事(エトセトラ)―『戦国遺文 三好氏編』より―』 既に一年以上前のことになるが、東京大学史料編纂所研究紀要第31号に東京大学史料編纂所の村井祐樹准教授による『三好にまつわる諸々事(エトセトラ)―『戦国遺文 三好氏編』より―』という論文が掲載された。半年以上も前になるが、情報を得た時点では図書館に入っている様子が無く、他にもチェックしておきたい論文が掲載されていることもあり、史料編纂所から直接取り寄せて

        • 天下人の類型と三好長慶ほか室町時代の天下人

          一般的な天下人  私は著書「河内の国飯盛山追想記」(アメージング出版刊)で三好一族を中心に物語を書いたが、その最盛期を築いたのが三好長慶という人物である。江戸時代初期に成立した、徳川家康の事績を記した史書「当代記」の冒頭で「三好修理大夫元來細川家侍頭、住國は四國也、天文年中より頻開武運成大身、保天下事二十餘年」と書かれ、傍注に「天文年中より二十年天下主」とあることから、戦国時代の天下人であったとされている。  日本史の話の中で、天下人という言葉を目にすることは、よくあること

        松永久秀の最期と、その後のイメージなど(1) 久秀の最期について

          メッセージfrom飯盛山

          飯盛山のFM送信所  この記事のヘッダー写真に写っているのは、大阪府四条畷市から大東市にまたがって続く飯盛山です。戦国大名三好長慶が永禄三(1560)年に入城し永禄七(1564)年に没するまで居城とした、飯盛城が山頂に築かれていた山です。その後、河内国が織田信長によって平定されると、飯盛城は天正三(1575)年あるいは四年に廃城になったと言われています。現在、飯盛山には大阪のFM放送局の送信所が建っていて、ヘッダー写真中央の山頂に鉄塔が写っています。  私の著書「河内の国

          メッセージfrom飯盛山

          日本史のいわゆる最新の研究成果に関する問題点と、織田信長や三好長慶の再評価

          「新しい」ことは「正しい」とは違うという点 歴史の話が語られる時、よく何々説は古い、何々とするのが新しい説だという言い方がなされる場合がある。大抵の場合、新説だから正しいのだという主張をしようとする意図が、その言葉の裏には含まれている。しかし、新しいことは、正しいこととはまた別の話であって、学説となると、新説は現時点で説得力があるかどうかが検討され、それから受け入れられるかどうか、さらに新事実の発見によって修正される可能性がある、という話になる。日本史分野での一例を見てみると

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          戦国時代に「天下」の範囲が五畿内に限定されていたとする説に対する反証

          1.戦国時代に「天下」という言葉の表す範囲が五畿内に限定されていたとする説 拙著「河内の国飯盛山追想記」は、以前に書いた短編冊子の全面的な改稿となる。短編冊子では、依頼された通りに特定の学説を用いて話を書いた。その時には、最近歴史学で学説の対立がある「天下」という言葉の意味について、戦国時代の織田信長が活動した時期には天下の意味が五畿内に限定された地域を指した、とする説に従った記述をしたが、その説については執筆中から妥当なのかどうか疑問を抱いていた。その後調査し直した結果、信

          戦国時代に「天下」の範囲が五畿内に限定されていたとする説に対する反証

          阿牧次郎著「河内の国飯盛山追想記」のご案内

           私が書きました歴史小説、阿牧次郎著「河内の国飯盛山追想記」(アメージング出版)が販売中です。表紙はこのような感じです。  内容は、応仁の乱から大坂夏の陣までの戦国時代を、主に戦国大名三好氏の視点から見たものとなります。戦国時代の入門書にもなり得るように、より一般的な政治史になるように描いてみました。  表紙のデザインについて少し解説しておきますと、大阪府にある飯盛山の稜線を背景に、戦国大名三好家の家紋である、「三階菱に五つ釘抜」が描かれています。イメージの元になったのは

          阿牧次郎著「河内の国飯盛山追想記」のご案内

          ごあいさつ

           阿牧次郎(あまきじろう)のペンネームで作家をしております。江戸時代を扱った時代小説を書いておりました。その後、他のジャンルも手掛けるようになり、戦国時代を扱った歴史小説を出しております。  主に戦国時代から江戸時代を中心に、日本史全般を扱っております。他にも、歴史以外のジャンル、ライトノベルなども扱っております。小説以外にも、エッセー、記事そのほか、文章の種類を問わず書かせて頂きます。執筆の御依頼お待ちしております。  ご連絡などございましたら、ホームページ左側の「業務

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