あまいさと

エッセイを書きます。映画や文学のこと、生活のこと、ときどきサッカーのこと。 ザ・スク…

あまいさと

エッセイを書きます。映画や文学のこと、生活のこと、ときどきサッカーのこと。 ザ・スクロース(ひとり宅録バンド) 音楽制作 映像制作 YouTubeディレクター

最近の記事

ポッドキャストをはじめました

少しえいやとがんばって、ポッドキャストをはじめてみました。質問フォームに投稿があったときにだけ、その回答として配信する不定期プログラムです。 Spotify、Apple Podcast、Amazon Music をお使いの方はこちらから。 YouTube でお聴きくださる方はこちらから。 次の投稿がなければ最終回となります。 ご質問は下記のフォームから、誰が投稿したからもわかりませんので冷やかし程度の気持ちで、ぜひ。

    • 「ザ・ス」Tシャツ販売中

      どうも、あまいさとと申します。ザ・スクロースというひとり宅録バンドをやっております。 活動は基本的に大きな赤字です。自分自身の作業や機材にかかる費用等を差し引いても配信の手数料だけでそもそも赤字です。何とかして活動の費用を少しでも補填できないかなあ……。 さて、それはさておき、この度Tシャツを作りました。バンドロゴの省略版を胸にあしらった、ゆったりとしたシルエットのロングTシャツです。色は紺と白です。 「ザ・ス」としか書かれておりませんので、ザ・ストゥージズ、ザ・スミス

      • 人生には自力の及ばない喜憂が必要

        ここ数日、ため息ばかりついていた。 魂を削ってはさらけ出して渾身の新曲を発表しても、この世界にもぼくの視界にも何ら変わりはない。生活を犠牲に膨大な時間を費やしてミュージックビデオをつくってみても、まるで話題にも上らないどころか誰の目にも止まらない。試しに新しいグッズを売り出してみても、注文の通知は悲しいほどに鳴らない。 大変ありがたいことに、ぼくの作品を気にかけてくれる方もいてくださる。褒めてくれる方も、広めようとしてくれる方も。これは本当に嬉しいことであり、心から感謝も

        • 4439本の映像をAIで生成して新曲のミュージックビデオをつくりました

          どうも。あまいさとと申します。人付き合いが苦手すぎてバンドが組めないので、ひとりでバンドをやっています。バンド名はザ・スクロースといいます。以後お見知り置きを。 さて、この度、新曲のミュージックビデオを発表しました。 この作品に使用している映像は、全て2024年7月2日にRunway AIより発表されたばかりの動画生成AIモデル Gen-3 Alpha を使用して生成したものです。テキストやエフェクト(ノイズやブラックアウト、ホワイトアウトなど)もすべてAI作の素材です。

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        マガジン

        • 2023年に書いた月に1本のエッセイ
          13本

        記事

          早朝の歓喜とその共有

          ライプツィヒで発生した白いネットのふぁさりとした揺れが大きな意味を持ったとき、時計の針は間もなく約束の時間を指そうとしていた。青い服を着た男たちは雄叫びを上げ、白と赤の市松模様は緑の地面に突っ伏し、遠く日本の地では、日も昇らぬうちから画面を見つめ続けた部屋着の者たちが、今口から出たばかりの感動詞をそのままタイプした——。 サッカーの欧州選手権がドイツで開催されている。日本時間の今朝、イタリア代表は終了間際の劇的なゴールでクロアチア代表に追いつき、決勝トーナメントへの進出を決

          早朝の歓喜とその共有

          日常的なエッセイが書きたい

          再三くり返しているように文章を書くのが遅いものだから、そもそも筆を執るまでの腰が重く、ここへの投稿もなかなか定期的な習慣とすることができない。 執筆が未だ生活に溶けきらぬ現状においては一本のエッセイを書くに至るまでに大きなエネルギーが必要となるが、平生が無気力なぼくにそれを繁くは求めづらい。たまたま原動力が湧くとすれば、何か外的なきっかけがあって人生全体を張り切ろうというやる気に満ちているときか、そうでなければ逆に、絶望に打ちひしがれて気がひどく滅入っているときであろう。

          日常的なエッセイが書きたい

          執筆の速度を上げる訓練

          前にも書いた覚えがある。それどころか、このことばかりを書いているような気さえするが、ぼくは筆が遅い。数百字から千字と少しほどの文章を書くのに、数時間かかる。「数」「数」とごまかしては参考にもなるまいが、少なくとも千字のエッセイを一時間で書き上げることはとてもできない。平均して誰がどのような文をどの程度の速さで書いているかは知る由もないが、自分が遅筆と呼ばれる部類に属することは承知している。 一行書いては読み返し、今選んだばかりの語が最適かどうかを審査する。次の文もその次の文

          執筆の速度を上げる訓練

          心身の体力がない

          そもそも、自分の身をどこに置けばよいのかもわからないまま、とりあえず、人のいなさそうなところに立ってみる。ややもするとうつむいてしまいそうになる頭をむりやり水平に起こせば、視野の内外で人々がそれぞれ呼応するようにして目まぐるしく動き回っている。そうなると、同じ場所に立ち続けているわけにはいかず、行き当たりばったりに誰もいない場所を探してはそちらへ移動する。そうやって逃げ回るように走ることを続けていたら——さして大きな回数をくり返すより前に——人並みより大きく劣る体力の持ち主で

          心身の体力がない

          シュリスペイロフはかっこいい

          今この瞬間、この世で一番かっこいい。 常套句でも誇張でもなく、そう思った。下北沢の夜。ぼくにとっては久々の。 シュリスペイロフというバンドがいる。例えば音楽を好きな人と話すとき、ぼくが絶対に紹介するバンド。そのとき酔っ払っていたならば——つまり、多くの場合——熱く愛を語るバンド。漏れなく名前を聞き返されるバンド。 「シュ、シュ……何?」 音楽に限ったことではない。映画や漫画や文学も含めて、誰かから薦められたらとりあえずその作品に触れてみる。そういう人と話すのは楽しい。

          シュリスペイロフはかっこいい

          抑鬱に抗ってみる

          何をすることもできない日々が続いていた。 枕元にはそれ以前から積まれた未読の本が山となっている。最上段の一冊を手に取り読んでみようと試みるも、語句の羅列を目でなぞるに過ぎず、紙の束に閉じ込められた物語を再生することは叶わない。ならば映画はどうかとラップトップを開き配信サービスにログインする。「いつか観よう」とマイリストに登録している古今東西の名作群からひとつのサムネイルをクリックする。文学と違い再生に苦労することはないが、気づけば画面上を流れる物語は景色となり、頭の中では別

          抑鬱に抗ってみる

          文章が書けなくて「もうやだ」って投稿しようと思ったけど5時間かけたら1000字だけ書けた

          夢の中で何度も止めたアラームが現実の音であると気づくころには、ゴミの回収もとうに終わっていた。鉛のようなまぶたをようやくのことでこじ開け時計に目をやると、眠る直前の記憶とちょうど同じ形をしていて一瞬混乱した。それでも視野を広く持ってみればその明るさはまるっきり変わっていて、カーテンの隙間からねじこまれた光が一週間生き延びることとなった段ボールの山の上に描く歪な線も時の経過を象徴的に示している。今日も十二時間寝てしまったようだ。 連日の過眠は、心身の疲弊を決して癒さない。疲れ

          文章が書けなくて「もうやだ」って投稿しようと思ったけど5時間かけたら1000字だけ書けた

          「誰かが好きな本」の棚

          誰かといっしょにお酒を飲むといつも、ほぼ例外なくいつも、好きなものについて語りあうことに終始する。 「一番好きな映画は?」「うわ、それ訊きます?」などの定型の会話は一旦交わしておくほうが、やはりよい。「人生で大切な音楽」について尋ねることも、もちろん欠かせない。 同様に、本についても話さなければならない。互いに頭に思い浮かべた自宅の本棚からお気に入りの一冊を抜き出して交換しあうのはおもしろい。足元のかごに避難させたショルダーバッグから今持ち歩いている文庫本をじゃんと取り出

          「誰かが好きな本」の棚

          夢を見ること、夢を見ること

          みんな「夢」という言葉が好きなようだ。ぼくも文章や歌詞においてときどき使う。ただし、「将来実現させたい理想」のような意味をその単語に求めたことは、一度もないように思う。もうひとつの用法である「寝ているときに見る幻覚」のことを指す名詞としてならば、多用しているといってもいいくらいかもしれない。——と、なんだか冒頭から語尾が曖昧だなあ。 ぼくは、夢を見ることが、好きだ。幻覚の方の「夢」。 数年前、心の調子を崩して人生を休んでいる時期があった。来る日も来る日も昼も夜もずうっと寝

          夢を見ること、夢を見ること

          2024年の目標

          またひとつ年が明けた。2024は8の倍数で気持ちがいい。 新しい年を迎えるといつも、まずこれから一年間の目標を定める。具体的な数値目標である。すべてを達成できたことは一度もない。 恒久的な悩みとして、「やりたいこと」が多すぎる。やりたいことをやる中で、また別のやりたいことが見つかったりもする。加えて、「やらなければならないこと」も日々大量にある。むしろ、「やらないこと」こそを決めるべきなのかもしれない。だが、それには相当の度胸が求められる。 そもそも本来、趣味に目標など

          2024年の目標

          地震のこと

          今日発生した地震のことを書きます。役に立つような情報は何も書いていません。自分の思うことや考えてきたことに終始しています。不快感や不安感を助長するような内容かもしれません。 どうか、間違って購入なさいませんよう。

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          2023年をふり返る

          年末年始の雰囲気はいつも愛しい。お正月は特にすてきである。一年をふり返ることも大切だ。次なる365日の目標を定めることもまた意義深い。何より、ただゆっくり過ごす数日は貴重だ。 2023年は、たくさんの映画を観た。たまたま鑑賞が重なったに過ぎないのか、あるいは今後もこのペースが続くのか。少なくとも毎週末映画館に通う生活においては、深い呼吸ができていた。 一方、本はあまり読まなかった。こちらは「たまたま少なかった年」といえるようにしたい。本を読む暮らしと読まない暮らしとでは、

          2023年をふり返る