on 暗礁。 11月になりました。今月の仕事がありません。びっくりしています。どうしよう。 つまりは仕事を探しています。できることならなんでもやりますので、ぜひお気軽にお声がけくださいお気軽に。 「できることならなんでも」って言われても何ができるかよくわかんないですよね。ざっくりいうと、音楽制作、映像制作、イラストレーション、デザイン、Web……その周辺のことであれば本当になんでもやります。ますし、ある程度のクオリティは保証します。 参考になるような作例が全然ないな。
いい年して、いくらなんでもひどい状態、人生。 すべての悩みは経済状況に帰結する。 学歴コンプレックスというか、明確な目標とそれに最適化された環境が用意されてもなお頑張れなかったコンプレックス。 文化資本がゼロのど田舎で育ったことを、せめて言い訳にするしかない。 大学時代を無駄にしすぎたけど、日本にはそんな人ばかりなんだからみんな他でカバーできているみたい。 適応障害と抑鬱状態をくりかえしたから、それを避けるために逃げたり休んだりする選択を優先してきたけど、その結果い
九月、ポッドキャストを始めた。質問を募集して、投稿をいただいたら配信する不定期の番組。 ありがたい(そして意外な)ことに何件かのご質問をいただいている。そのくせに配信が早速滞っている。ここ数日も、何度か録ろうとした。だけど、途中で脳みそがすべての思考を止めてしまう。録音と停止を、繰り返す日々。 今日もそうだった。だからお酒を飲んで、また別の停滞であるこのnoteに向かうことにした。これは自らに言い聞かせる目的でタイプするが、今日の執筆はこれまでとは違う。何が違うかというと
少しえいやとがんばって、ポッドキャストをはじめてみました。質問フォームに投稿があったときにだけ、その回答として配信する不定期プログラムです。 Spotify、Apple Podcast、Amazon Music をお使いの方はこちらから。 YouTube でお聴きくださる方はこちらから。 次の投稿がなければ最終回となります。 ご質問は下記のフォームから、誰が投稿したからもわかりませんので冷やかし程度の気持ちで、ぜひ。
どうも、あまいさとと申します。ザ・スクロースというひとり宅録バンドをやっております。 活動は基本的に大きな赤字です。自分自身の作業や機材にかかる費用等を差し引いても配信の手数料だけでそもそも赤字です。何とかして活動の費用を少しでも補填できないかなあ……。 さて、それはさておき、この度Tシャツを作りました。バンドロゴの省略版を胸にあしらった、ゆったりとしたシルエットのロングTシャツです。色は紺と白です。 「ザ・ス」としか書かれておりませんので、ザ・ストゥージズ、ザ・スミス
ここ数日、ため息ばかりついていた。 魂を削ってはさらけ出して渾身の新曲を発表しても、この世界にもぼくの視界にも何ら変わりはない。生活を犠牲に膨大な時間を費やしてミュージックビデオをつくってみても、まるで話題にも上らないどころか誰の目にも止まらない。試しに新しいグッズを売り出してみても、注文の通知は悲しいほどに鳴らない。 大変ありがたいことに、ぼくの作品を気にかけてくれる方もいてくださる。褒めてくれる方も、広めようとしてくれる方も。これは本当に嬉しいことであり、心から感謝も
どうも。あまいさとと申します。人付き合いが苦手すぎてバンドが組めないので、ひとりでバンドをやっています。バンド名はザ・スクロースといいます。以後お見知り置きを。 さて、この度、新曲のミュージックビデオを発表しました。 この作品に使用している映像は、全て2024年7月2日にRunway AIより発表されたばかりの動画生成AIモデル Gen-3 Alpha を使用して生成したものです。テキストやエフェクト(ノイズやブラックアウト、ホワイトアウトなど)もすべてAI作の素材です。
ライプツィヒで発生した白いネットのふぁさりとした揺れが大きな意味を持ったとき、時計の針は間もなく約束の時間を指そうとしていた。青い服を着た男たちは雄叫びを上げ、白と赤の市松模様は緑の地面に突っ伏し、遠く日本の地では、日も昇らぬうちから画面を見つめ続けた部屋着の者たちが、今口から出たばかりの感動詞をそのままタイプした——。 サッカーの欧州選手権がドイツで開催されている。日本時間の今朝、イタリア代表は終了間際の劇的なゴールでクロアチア代表に追いつき、決勝トーナメントへの進出を決
再三くり返しているように文章を書くのが遅いものだから、そもそも筆を執るまでの腰が重く、ここへの投稿もなかなか定期的な習慣とすることができない。 執筆が未だ生活に溶けきらぬ現状においては一本のエッセイを書くに至るまでに大きなエネルギーが必要となるが、平生が無気力なぼくにそれを繁くは求めづらい。たまたま原動力が湧くとすれば、何か外的なきっかけがあって人生全体を張り切ろうというやる気に満ちているときか、そうでなければ逆に、絶望に打ちひしがれて気がひどく滅入っているときであろう。
前にも書いた覚えがある。それどころか、このことばかりを書いているような気さえするが、ぼくは筆が遅い。数百字から千字と少しほどの文章を書くのに、数時間かかる。「数」「数」とごまかしては参考にもなるまいが、少なくとも千字のエッセイを一時間で書き上げることはとてもできない。平均して誰がどのような文をどの程度の速さで書いているかは知る由もないが、自分が遅筆と呼ばれる部類に属することは承知している。 一行書いては読み返し、今選んだばかりの語が最適かどうかを審査する。次の文もその次の文
そもそも、自分の身をどこに置けばよいのかもわからないまま、とりあえず、人のいなさそうなところに立ってみる。ややもするとうつむいてしまいそうになる頭をむりやり水平に起こせば、視野の内外で人々がそれぞれ呼応するようにして目まぐるしく動き回っている。そうなると、同じ場所に立ち続けているわけにはいかず、行き当たりばったりに誰もいない場所を探してはそちらへ移動する。そうやって逃げ回るように走ることを続けていたら——さして大きな回数をくり返すより前に——人並みより大きく劣る体力の持ち主で
今この瞬間、この世で一番かっこいい。 常套句でも誇張でもなく、そう思った。下北沢の夜。ぼくにとっては久々の。 シュリスペイロフというバンドがいる。例えば音楽を好きな人と話すとき、ぼくが絶対に紹介するバンド。そのとき酔っ払っていたならば——つまり、多くの場合——熱く愛を語るバンド。漏れなく名前を聞き返されるバンド。 「シュ、シュ……何?」 音楽に限ったことではない。映画や漫画や文学も含めて、誰かから薦められたらとりあえずその作品に触れてみる。そういう人と話すのは楽しい。
何をすることもできない日々が続いていた。 枕元にはそれ以前から積まれた未読の本が山となっている。最上段の一冊を手に取り読んでみようと試みるも、語句の羅列を目でなぞるに過ぎず、紙の束に閉じ込められた物語を再生することは叶わない。ならば映画はどうかとラップトップを開き配信サービスにログインする。「いつか観よう」とマイリストに登録している古今東西の名作群からひとつのサムネイルをクリックする。文学と違い再生に苦労することはないが、気づけば画面上を流れる物語は景色となり、頭の中では別
夢の中で何度も止めたアラームが現実の音であると気づくころには、ゴミの回収もとうに終わっていた。鉛のようなまぶたをようやくのことでこじ開け時計に目をやると、眠る直前の記憶とちょうど同じ形をしていて一瞬混乱した。それでも視野を広く持ってみればその明るさはまるっきり変わっていて、カーテンの隙間からねじこまれた光が一週間生き延びることとなった段ボールの山の上に描く歪な線も時の経過を象徴的に示している。今日も十二時間寝てしまったようだ。 連日の過眠は、心身の疲弊を決して癒さない。疲れ
誰かといっしょにお酒を飲むといつも、ほぼ例外なくいつも、好きなものについて語りあうことに終始する。 「一番好きな映画は?」「うわ、それ訊きます?」などの定型の会話は一旦交わしておくほうが、やはりよい。「人生で大切な音楽」について尋ねることも、もちろん欠かせない。 同様に、本についても話さなければならない。互いに頭に思い浮かべた自宅の本棚からお気に入りの一冊を抜き出して交換しあうのはおもしろい。足元のかごに避難させたショルダーバッグから今持ち歩いている文庫本をじゃんと取り出
みんな「夢」という言葉が好きなようだ。ぼくも文章や歌詞においてときどき使う。ただし、「将来実現させたい理想」のような意味をその単語に求めたことは、一度もないように思う。もうひとつの用法である「寝ているときに見る幻覚」のことを指す名詞としてならば、多用しているといってもいいくらいかもしれない。——と、なんだか冒頭から語尾が曖昧だなあ。 ぼくは、夢を見ることが、好きだ。幻覚の方の「夢」。 数年前、心の調子を崩して人生を休んでいる時期があった。来る日も来る日も昼も夜もずうっと寝