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【私小説】続、図書室とマリーちゃんと私 7、校長先生のおたのしみ

※1~6話は「図書室とマリーちゃんと私(本編)」に一括して収録しています。
* * * 

7、校長先生のおたのしみ



 私が子供の頃、校長先生とは怖くて、太っていて、話が長い人のことを指す言葉だと思っていた。
 しかし、私が働いているいずみ小学校の校長先生は少し違う。
 細身で小兵《こひょう》。いつもニコニコしていてフットワークが軽い。
 フットワークが軽いと言うのは、ただ単に足取りが軽いと言う意味だけはない。正直、暇なのかと思うくらい校舎内をうろうろと練り歩いているからだ。
 その姿を度々見かけた私は、最初の頃、『校長先生は私の仕事ぶりを監視している!?』と思ったものだ。
 しかし、しばらくしてどうやらそれは杞憂《きゆう》だと分かる。
 一応、点検や巡回と言う名目のようだ。
 この校長先生は、校長室に閉じこもっている人ではなかった。いるときは校長室よりむしろ職員室で話し込んでいることが多い。 
 もっとも、それも仕事の一つと言えなくもない。
 校長先生の仕事と言うのは、主に教職員の勤務管理なども含まれる。また、他校との合同の会議などに参加することだ。
 一学年学一クラスしかない小さな小学校は、のんびりしている。
 生徒と話す時間も多い。
 ほぼ、全校生徒のことを把握しているこの校長先生は、私にとって『本物の校長先生』だった。

  *

 校長先生の仕事の中で、重要で特別な仕事がある。
 それは『検食』だ。
 校長先生は、給食を生徒よりも30分ほど早く食べる。
 毒味というと語弊があるが、要するに給食に異常がないか生徒が食べる前に点検する役割だ。
 傷んでないか、異物が混入していないか確認しながら食べるのは、よく考えると命がけの仕事ともいえる。
 その事実を知らなかった私は、校長先生は『早給食でいいなぁ』とうらやましく思っていた。
 それまで、ただの派遣社員としてデスクワークばかりしていた私にとって、図書室の配置換えや書架の整理はかなりの重労働で、非常におなかが空くのだ。もう、十一時ごろにはお腹はグーグー鳴っている。私の腹時計は早い。しかし、鼻はいい。そのころには既に、給食室からのいい匂いに気付いているからだ。
 たまらず、図書室から職員室へ下りて行きお茶をいただく。すると、給食を運ぶ給食員とすれ違う。
「あ、図書の先生。今日の給食はソフト麺ですよ~」
「わーい! 給食の先生いつもありがとうございます」
 そう、よく給食のおばちゃんと言われるが、正式な名称は給食員や調理員だ。献立を立てる人は栄養士。しかし、自分が大人になって分かることは、決しておばちゃんだけが給食員ではない。若い人もいる。
 そして、給食員もまた生徒からは『先生』と呼ばれるのだ。
 それを知って、私はずいぶんとホッとしたものだ。
 司書と言うのは、教員ではない。
 勉強を教えたり、成績をつけるわけでもない人間が『先生』と呼ばれていいのか、なんだか嘘をついているようではじめは落ち着かなかったが、事務員も給食員も学校にいる大人はみんな生徒からすれば、先を生きる先生だ。
 そして、私は重要なことに気付いてしまう。
(校長先生が、学校中を練り歩いているのは早給食のためにお腹を空かせているに違いない!)

  *

 やっと手探りだった仕事がルーティンとなってきたころ、校長先生がカルガモの親子のようにぴよぴよと小さな生徒たちを引き連れて図書室へやってきた。
 なんでも、学校内探検という授業の一環で校舎内を案内しているそうだ。
 一年生十五名の突然の訪問に、私はたじたじとなる。
 校長先生に、本の先生と紹介されたからだ。
 まだ、着任して1か月。
 目の前の一年生とさほど変わらない期間しか、この学校にいないのに何が説明できるというのだ。
 しかも、半年後に去ると言うのに……。
 とはいえ、そんなことを一年生に話しても理解は難しいため割愛する。
「図書室の先生です。本のことで知りたいことがあったら、何でも聞いてくださいね」
 自分で先生と名乗るのは恥ずかしいけれど、こんなにも小さな子たちに教師と司書の違いを説くわけにはいかない。
 にこにこと笑って手を振る。
 そして次に紹介されるのは、もちろんマリーちゃんだ。
 図書カウンターの後ろの本棚の上に、正面がガラス張りになっている木箱の中で鎮座するアンティークドール。
 金の髪に青いガラスの目玉。
 すすけた頬に、日に焼けたピンクのドレス。
 少し寂しげにも見えるその人形を見て、子供たちは興味津々だ。
「なんで、図書室にお人形があるの?」
「なんかきたない? だれがよごしたの?」
 と、思い思いのことを口にする。
 そこで、校長先生がおもむろに説明を始める。
「このお人形さんは、マリーちゃん。
 外国からお友達のしるしとしてプレゼントをされたものです。
 みんなのおじいちゃんやおばあちゃんよりも、年上のお人形さんです。
 昔、戦争があった時に敵の国の人形だからと壊されそうになりましたが、かわいそうに思った生徒が大切に守ってくれて今も残ってるんですよ。
 みんなで仲良くしてくださいね」
 ふむふむ。私も教えてもらったマリーちゃんの来歴だ。
 さらに校長先生の話は続く。
「それと、マリーちゃんはみんなを見ているので、みんながお友達とケンカをしたり、お勉強をしないと、飛んだり、目が光ったり。電話をかけてきたりします」

(――――― んんっ!?)
 なんだか、さりげなくすごいことを言い出す校長先生に、私はパチパチと瞬きをして引率の担任の先生の顔を見た。
「あれね。校長先生の鉄板ネタだから」
 こっそりと耳打ちされた事実に衝撃を受ける。
 怪談の出どころは校長先生だったのだ!

「えーっ!! こわいー!!」
「うそだー!!」
「ちゃんとべんきょうするもん」
 と、生徒たちは大盛り上がりだ。
 それを温かく見守る校長先生は、なぜかご満悦な表情だ。

 いや、校長先生。生徒だけでなく、私も怖いと思っています。
「あの……マリーちゃんが電話をかけてくるというのはどういう……」
「ああ、それはあの電話ね」
 と指さされたのは、図書室の入り口にある白い内線電話だ。
「え、あれ鳴るんですか?? マリーちゃんが鳴らすんですか??」
 リカちゃん電話ならぬ、マリーちゃん電話!?
 いやいや、さすがにそれは作り話でしょうと思ったが、担任の志乃先生は申し訳なさそうに口を開いた。
「配線の不具合なのかなんなのか、あれ時々誰もかけてないのに鳴るらしいのよ。校長先生が鳴ってるのをとったら誰も出なかったんだって。それで職員室まで確認に行ったけど誰も鳴らしてないって言うことが、数回あったの」
 それを聞いて、私のゆるくウェーブのかかった髪が逆立った。

 学校案内で一年生を脅す校長先生。
 大人の私を脅かすにも十分の話だった。

 子供たちの学年が進むにつれてこの怪談話は進化をして、私が高学年の生徒たちから耳にした怪談話へと膨らむのだろう。
 
 子供と怪談話がすくすくと大きく成長するのを、校長先生は楽しみにしている。