REDEMPTION(西住まほ生誕記念① 01.07.2019 )

まほ隊長の誕生日に、一本書き始めてみました。
あまり練れてませんが…

REDEMPTION

夏の全国大会決勝戦が終わり帰路につく黒森峰の飛行船は、雲ひとつ無い夏の夜空をゆっくりと航行していた。
破損した戦車は、マウスを筆頭に重量の重い車両が多いので別途陸送。生徒だけは飛行船で海上の学園艦に先に帰り、艦の住民向けの行事に参加した後通常の学園生活に戻る。艦内でのパレード用に隊長車、副隊長車はじめ数輌は隊員と共に空輸していた。

操舵するのは、逸見エリカ。
激闘の直後で疲労した副隊長を気遣い代わりを申し出る後輩もいたが、頑として退けた。
遠征の際の飛行船やヘリコプターの操縦にはエリカなりのプライドがあったし、コックピットでひとり舵を握っている時は、余計なことは考えず、頭を空っぽにしていられる。

敗北。
試合だけではなく、戦車「道」そのものが、私の道が負けた。
「王者の戦い」に拘った私の道が、「仲間と一緒に戦う」みほの戦車道に。

雲ひとつない空の視界を曇らせるのは、流せずに溜めた涙だった。

艦内回線からのコール。
消灯時間も過ぎた真夜中に、機関部からではなく客室からの呼び出し。
部屋番号を見て急いで通話ボタンを押す。驚きのあまり、涙は引いていた。

「操舵室、逸見です。どうかなさいましたか、隊長?」
「夜分遅くすみません、エリカさん。
今隊長がその、体調が優れなくて、少し手を貸してくれませんか?」

赤星小梅の声だった。
エリカとみほの同級生で、昔はよく一緒に自主トレをしたり、勉強会をしたものだった。去年の大会での、「あの事件」の前までは…

エリカは飛行船を自動操縦に切り替え、速足で操舵室を出た。
長い付き合いで、小梅のうわべは落ち着いた声の中にある強い焦りを聞き分けていた。真夜中の隊長室に小梅がいた理由より、その迫真さがエリカには気がかりだったのだ。

3分も経たずに、隊長室の前まで来ていた。
客室の中でも一番操舵室に近い個室。消灯後の風紀委員の見廻りも、幹部達の部屋の集中するこの区画には来ない。おかげで誰にも見られずに、ここまで降りてくることができた。

静かにノックをすると、しばらくして小さくドアが開く。ドアの隙間から覗かせる小梅の怯えた顔の後ろから、アルコールのこもった匂いが漏れ溢れてきた。

エリカが声をかけるより、小梅が一瞬ドアを大きく開け、エリカの手を握って部屋に誘い入れてから素早くドアを閉めるほうが一拍子早かった。
ここまで二人は一言も交わさない。
言葉などなくても、目の前の惨状がすでに物語っていた。

歴代の黒森峰隊長が使うこの部屋は、他の幹部達の個室のようにワンルームではなく(ちなみに一般の隊員は5人一組、多くの場合同じ車両の乗員同士の相部屋だ)、ドアを開けるとまず執務室兼応接室にあたり、その右横奥に書斎兼寝室がある。隊長が意識を無くして伸びていたのは、その応接室にある2台のソファーのうちのひとつだった。

ソファーの間のテーブルには、数本の酒瓶とグラス。
アンツィオから贈られた赤ワイン、プラウダからのウォッカは既に空で、聖グロリアーナのスコッチは開ける前に力尽きたようだった。それとは別にビアジョッキが出ていたから、最初はビールを飲んでいたのだろう。

「私が来た時から、こんな感じでした」

エリカの手を離さず、むしろ身を寄せしがみついている。
みほがいなくなってからずっと気丈に振る舞っていた、ある意味ではエリカ以上に強がってきた小梅には、珍しいことだ。

「後は私がなんとかするわ。あなたは部屋に戻って休んでなさい」

小梅の手を振り払いながら、エリカは溜め息と一緒に吐き出すように言った。

「エリカさん、私は止めようと…」
「あなたは何も見なかった。この部屋に来てもいない。いい?」

小梅の言葉を遮りながら横目で睨む。
顔は「かって隊長だった抜け殻」のほうを向いて、視線の端で捉えながら。

「消灯後に出歩いたことは黙っていてあげる。こんな時間に隊長を訪れた理由もね」
「…わかりました。失礼します」
「何があっても」

部屋を出ていく小梅の背中を、エリカの声が引き留める。

「来年もまた戦いたいのよ、あんたとね」

小梅は振り向きもせず、しばらくその場に立っていた。
その背中をエリカは、顔を背けずにずっと見つめていた。
やがてドアが開け放たれ、暗い虚空が残されるだけになっても。
泥臭い深淵に吸い込まれた戦友を、救い上げたいかのように。

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