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忘れられない麻辣湯/AM編集部大川

デートで行ったお店はもうあまり覚えていない。それでも中には、店のセレクト、誘い方すべてがなんだか温かくて今も強烈に覚えているものもある。そういった数少ないお店を紹介しよう。

平日遅めの食事デートに彼が選んだ店

マッチングアプリで出会って、すでに何度か食事を重ねた残業真っ只中のフライデーナイトに、「ちょっとさくっとご飯いかない?」と彼から突然誘われた。え? いまから? いやいや、金曜のやつれ具合はハンパないですよお兄さん。いくら化粧直しをしたところでムダだと百も承知の上、急いで待ち合わせの渋谷駅に降り立つ、冬。お互いいつも仕事上がるのが遅いよね。そんな一週間のドタバタを話しながら、桜丘町にある「七宝 麻辣湯」に着いた。

「1週間疲れたじゃん。それにこの時間じゃさすがに量も食べれないから、どう?」と提案してくれた薬膳春雨スープの専門店。どうやら麻辣湯の旗艦店っぽい。750円でトッピング3種と春雨。ショーケースにずらーっと並ぶ何十種類もある具の中から選ぶ。辛さも選べるので、甘党の人間にも優しい。懐にも。

フーフーしながら食べる。疲れた身体に染みてくる。うまい。それしか言葉がでない。「おいしいですね」「よく来るんですか?」「いいお店知ってますね」なんてサービストークはゴメンだよ、とでも言いたげな顔でどんどん箸を進めるよう促してくる。夢中で食べる。

今までのデートがお互いを知る、仲を深めるコミュニケーションのための食事だとしたら、これは一週間働いたお互いをねぎらい、からだを癒す食事だった。

「今日も遅くまで働いてるだろう」「きっとまだ何も食べていないのだろう」と思ってくれたのかは分からない。仕事で振り乱すわたしの姿がよぎったのかもしれない。そりゃムーディな照明もない、音楽もない、おしゃれでもない。どうにかなっちゃいそうな浮ついた気持ちも生まれない。でも、相手に何を食べさせてあげたいか、どんな気持ちになってほしいかを考えてくれたであろうさり気ない優しさ、温かさみたいなものが伝わってきて痺れた。そりゃ記憶に残るわけだ。


仲を深める食事ではなく、お互いをねぎらう店

食事を終えると、そのまま少し先にある「桜丘カフェ」に向かう。

お酒が飲めない私にとって、ソフトドリンクが豊富なお店は本当に助かる。チャイティーを頼む。スパイスが口に広がり、一気に高揚する。深いソファーに身を沈める。このまま眠りにつきそうだ。翌朝5時まで開いているこのカフェで、場の繋ぎでもなく、バカ騒ぎすることもなく、熱い視線を交わすこともなく、ただ満たされたお腹をほっと一息つくように、ゆるやかに過ごす。心もからだも温まって、ゆっくり休んで、とそのまま渋谷駅で別れた。最後までわたしのことをどう思っているのかわからなかったけれど(今はいい友人なので野暮なことはもう聞けない)、この夜の出来事は、日々のくさくさした心をなだめるように心地がよかった。こういう提案できる人間に、わたしもなりたい。

余談だが、気心知れた人の前以外では食べる前に写真が撮れない。だから食事したことを忘れるのか、と思ったけど、そんなことはないのだろう。

AM編集部/大川


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