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    彼女は変身した。当たり前のようにいっているが、最初は何が起こっているのかわからなかった。裸のはずなのにまとわりくつような肌さわりが妙だなと思っていると、彼女の腿が真っ白い毛におおわれているのに気づいた。女の太腿は白い。とくに尻から腿の裏側にかけてはつきたての餅のようだ。そこに柔らかく細かい毛が高級な絨毯のようにきれいに生えそろって、その濡れたようななめらかさは素肌よりも心地よかったが、向きによっては毛羽立ってこそばゆかった。実際彼女のあそこの近くは毛が濡れてまとまっていて動くたびに突いたりこすったりするのでかなりくすぐったかった。

    ボクはそんなに彼女の様子を確かめない方なのだが今日はそうもいかなかった。折角いい感じなのにと憤慨する僕をなだめつつ、ボクは彼女をよく見てみた。彼女の尾骶骨から背筋に沿ってふくらみがあって、それが時おりゆらゆらと揺れながら立ち上がってきた。それはたたまれた尻尾だった。思わずそいつをつかんでしまうと、もちろん手荒にはしなかったが、彼女が小さく鳴いた。アンでもウンでもなく、にゃん、と。彼女は背中を反らせ気味にした。感じてくるといつもそうなんだ。背中をぎゅっと反らせてお尻を持ち上げる。ふだんはおとなしい彼女が、もっと、もっとして、とかわいく訴えているようなこの姿がボクはスキだった。その背中がなんとなく長く伸びたようだった。ウエストがきゅーっと窄まってお尻がぷんっと膨らんでいるのはそのままだったが、いつもなら小さい羽のように思える肩甲骨が遠かった。肩甲骨のふくらみもはっきりとは目立たなかった。肌の色とあまり変わらない、でも少しだけ濃い薄茶色の模様が渦を巻いていた。それもやはり柔らかな毛が作っている模様だった。背中を反らせた彼女は頭をつんと上げて振り仰ぐようにしてこちらを見た。キスをせがむときのポーズだった。ショートボブの髪から角が生えていた。角ではなく三角形の耳だった。眼がまん丸になっていた。彼女はかわいらしい猫になっていたのだ。にゃあん、ともう一度彼女が鳴いた。

    欲望の虜であるボクは彼女が変身したことにものすごく驚きながらも、彼女から離れなかった。驚きが収まると肌触りは決して悪くないし、たまにふわふわっと立ち上がってくる尻尾も面白いし、いやごまかしてはいけない、彼女に押し込んでいるボクの僕がボクに離れるなと命じているのだった。いや、命じているのはやっぱりボクだったか、ともあれ、いつも以上に気持ちよかったし、「あーん」の代わりの「にゃああん」も悪くない、いや、めちゃくちゃ興奮した。ボクの中のふだんは自分でも見えないふりをしているヤバい嗜好がにょきにょきと頭をもたげてきていた。ケモノとのセックス、それも女体がそのままケモノ化した生き物とのディープなまぐわい、人には言えないアブナイ想像だった。僕はボクよりも元気になってかわいい猫ちゃんをやっつけているのだった。

    彼女猫はベロを出すと口の端をぺろぺろッと拭ってまたあっちを向いた。向く前に宙に向かってまた一声、にゃーんと鳴いた。そして胸を床にくっつけるようにしてぐいっと両手、両前足か、を伸ばして、あのかわいい伸びのポーズになった。それとともに彼女猫のあそこがきゅうっとなって強い匂いがし始めた。ジュースがいっぱい出てきてボクが出入りするたびに「猫がミルクを舐めるような音」がし始めた。ジュースは彼女のくっついた毛を伝ってボクの太腿やらおなかやらまでびしょびしょにした。彼女猫がお尻をぷるぷるっと奮った。あっそれ、かわいいっ、そう思ったとたんにボクにもぶるぶるっと鳥肌が立ってあえなくイってしまった。彼女猫はまだお尻をぷるぷるさせながら、にゃあーん、にゃあーんと鳴き続けていた。そしてぺたんと床におなかをくっつけてへたり込んだ。もちろん僕はつるんと弾き出されてしまった。

「すごぉい、どうしたの」
肩で息をしていた彼女が顔を上げた。ちょっと小さめで吊り気味だけどつぶらな眼、短いけどすっと筋の通った鼻、歯並びのきれいな口とすべてを動員して「?」マークを形成していた。色白な彼女が頬を染めている姿はやっぱりエロティックだった。いつだったかモジリアニのモデルになれそうといったら、あまり可愛く描いてくれなさそうだからヤダといわれた瓜実顔と長い首も可愛く傾げられて「?」に動員されていた。やっぱり彼女だった。大き目のお尻をどんとこっちに向けて猫のように横たわり、頬を上気させてトロンとした眼差しで見つめる彼女にボクはまた飛びかかってしまうのだった。いろいろと確認したいこともあった。

    やっぱり二回目も彼女は猫になった。思い切って彼女のあそこに顔を突っ込んでみたらものすごくいい匂いがした。上品ではないけれど甘くて酸っぱくて濃厚な発酵臭だった。もう少しボクに学があればそれは麝香というものの匂いだと分かったのだが。たまらず舐めまわしていたらボクの僕がとんでもなく元気になって、彼女猫はふーふー鼻息交じりで「んぎゅにょぎゅぎゃにゃ」とかナントカまったくわからないことを言い続けてものすごい勢いでお尻をふり始めた。コラー動くなといって僕で彼女猫をピン止めしてからもなかなかの暴れようで押さえようとしたボクの手に咬みついてきた。人間でも盛り上がると咬む子はいるらしいが、ボクの彼女はそういうタイプではなかったのでぞくっとするほど新鮮だった。彼女猫の乱れようがあんまり可愛かったから、僕はまたボクのいうことを聞かずに一気に子種を注いでしまった。わりと元気のいいボクもさすがに少し目の前の世界の色が褪せてきた。なんとか微笑みながら、ぺったりと伸びている彼女に声をかけた。

「今日はえちえちだね」
「だってすごいんだもの、まだおなかが熱い」
「もっとする?」
「するする、したいぃ、にゃーご」
まあどっちでもよかった、ボクは。彼女はとてもかわいいし、万一できちゃったらできちゃったで、きっとすごくかわいい子どもが生まれるだろうし。彼女はもともと母性の強い面倒見のいい子だから何の心配もいらなかった。

    それ以降彼女は必ず猫になった。ふだんいっしょにいるときは人間なのに、あの時だけ途中から猫になるんだ。どうでもいいやと思っていたボクだが彼女の変身の原因に興味がなくなったわけではない。元々ボクは好奇心が強い方なのだ。強烈な猫化願望による具現化? 猫になりたーいっていう女の子はたまにいるが、こんなわたし可愛いでしょーってアピールするのが本意であってほんとうになりたいわけじゃないと思う。かりにほんとうになりたいと思っていたとしても、彼女の場合の「あの時」だけっていうのが理解できない。えちに貪欲で「動物になったらアレはどんな感じだろう ?」って興味津々なあまり猫化したのかもしれないが、発情期というヤツを忘れてはならない。動物になった途端に年に二回しかエッチができないんじゃいくら興味があっても変身したいとは思わないだろう。貪欲な女性だったら年二回じゃガマンできずに「織姫と彦星じゃねーっつの」みたいな捨て台詞を残してストレス死すると思う。いや待て、彼女の場合は年二回しか発情しないわけじゃない。なんなら二日にいっぺんくらいは発情している(自分の彼女を淫乱みたいにいうのは気がひけるが)。そうするとどういうことなのだろう。だんだん頭が混乱してきた。現代物理ですべてが説明できるとは門外漢のボクでも思わないが、説明できないことをすべて神様のせいにするにはスレた現代人過ぎる。やっぱり分からない。まあいいっか、結局このセンから一歩も動けないボクだった。

    ボクは大切なことを忘れていた。彼女にこのことを質問していなかったのだ。物事を自分だけで完結させようとする癖はどうにも直らない。アナタは農耕民族どころか狩猟民族にすらなっていない、それ以前の一匹狼タイプなのよと、いつも彼女にいわれる。でもそういうボクの性癖を分かってくれて、こんなボクでも世間でやっていけるように、彼女は上手にコントロールしてくれる。そうだ、まずは彼女に聞いてみよう。灯台下暗しとはこのことだ。
彼女の返事は驚くほどシンプルだった。
「変身なんかしないわ」
「でも、変わってたよ」
「変わってたって、いったい何に?」
「猫」
「なんか変な店に行き過ぎて夢見てんじゃないの」
「なにいってんの、いかないよ、ボクが出不精なの知ってるでしょ」
「今晩はウサギに変わろうかしら」
「それじゃあホントに変な店みたいだよ」
「やっぱり行ってるんじゃないの」
話がかみ合わないし彼女が怒りだしそうだったのでボクは慌てた。ともあれ、彼女は自分が変わっていることに気づいていない、これだけは確認できた。

「ねえ、ひょっとして、それってあなたの願望なんじゃない」
彼女は黙り込む僕に向かって何かに思い当たったようにこう言った。
「ボクの願望?」
「そう。猫とやりたいっていう」
彼女はふだんは上品なのだが突然こういう物言いをしてボクを驚かせる。
「別に猫とやりたくはないけど」
やってるときはけっこう興奮したけれど、やっぱり人間の彼女も捨てがたいし、どうせならその時々で好きな方とできると一番いいんだけれど、最近は必ず猫になっちゃうし、とぼそぼそ考えていると彼女が決め手となる一言を放った。
「だって、あなたも人間よりは猫の方がやってて自然でしょ」
彼女はそういうとにっこりと微笑んだ。ボクの大好きな笑顔だ。
「え、どうして」
「だって、あなた、猫じゃない」

    人間なかなか自分の姿をしっかり確認しないものだが、そういわれたら確認せざるを得ない。両手を見ると爪がすごく伸びているうえにあまり体毛は濃くないと思っていたけれど手の甲や腕は短い毛でおおわれている。毛はきれいに波打ちながら胸から腹までつづいていた。背は結局あまり伸びなかったよなと思いつつ、立ち上がろうとしたがうまくできなくて、つまづいたように床に伏せてしまうと、確かに小柄で手足は短くて胴ばっかりが長いんだけれど、からだの輪郭はしゅっと細くて今すぐにでも駈け出せそうだった。彼女が指さす方を見ると、出かける前に彼女が自分の着こなしを見直すための大きな鏡に背筋のシャンと伸びた猫が写っていた。ご先祖様からくっきりした縞模様ときりっとしたあごのラインを引き継いだキジトラ、それがボクだった。わりと美男だよな、とボクは改めて思った。そうか、彼女が猫に変わったのではなくてボクが人間の彼女とえっちをしているうちに自分にとってより自然な相手である猫に勝手に見立ててしまったんだ、とようやく気がついた。人間とえっちをするっていうのはいくら大好きな相手とはいえ猫族には思いもよらないことだから。慣れないことを手際よくやり遂げるための精神的な逃げ道=キャットウォークが必要だったらしい。

    そもそもなんでボクは人間とえっちができるようになったんだろう。彼女のことは大好きだけどそういう対象としてではなかったし、大きなお尻を向けられてもボクの僕が反応しちゃうようなことはなかった。神様はその辺を実にうまくやってくれていた。そうじゃなかったら猫人間や人間猫がはびこってしまうだろう。(それはそれでおもしろそうだけど)何度考えても分からなかった。やっぱりボクの大好きな彼女に聞いてみるしかないようだった。

彼女はいいにくそうにボクの質問に答えてくれた。
「だって、わたし、赤ちゃんがほしくなっちゃったから」
「でもね、人間の子どもは好きじゃないの。くしゃくしゃでかわいくないし。毛も生えてないし。ってゆうか、そもそもあんまり人間好きじゃないし」
「だから、ごめんね勝手なことして、あなたの子どもなら、って思って」
おお誘惑の魔手は種を選ばず(なんとなく韻がある)、というわけだった。ボクを愛するにあたって、彼女は同衾から始めてここには詳らかにできないような手管を使ったそうだ。まあマタタビとかそういう類だろう。薬物まで用いるとは非道千万という意見もあろうが、からだには悪くないようだし、そもそもマタタビも彼女もボクの大好物だから何の問題もない。彼女はそういう魔法のような手を使ってボクに自分が人間だと思い込ませて僕の子種を手に入れようと思ったらしい。もともと彼女のことが大好きだったボクは人間になったとたん持ち前の野生を発揮してすぐに彼女を襲ってしまったというわけだ。それで、ようやく彼女と交わったボクは、クスリよりもはるかに古く賢い自然の導きのままに彼女をすてきな雌猫と見なして心の底から幸せを味わってしまったということだ。なんだどうってことないじゃないか。

    そういうわけで、すべては彼女の強い願望とボクの本能のなせる業だったんだ。何度も言うがボクには文句はない。彼女のことは、いつも気持ちのいいところを撫でてくれて食べ物もボクの好きなものを欠かさず時間通りに出してくれる飼い主として大好きだし、魅力的な大人の女性だし、人前で上品ぶるわりにはボクと二人になるとどスケベだし、おしりはキレイだし、稼ぎだってけっこういい。それに今となっては、ボクが猫の姿で人間の彼女の背中に手をついて挑みかかり彼女がボクに合わせて切なげに真っ白なお尻をふってる姿を想像するとものすごく興奮するしね。もっというと、生まれたばかりの子猫たちが人間の彼女に群がって大きなおっぱいからお乳を呑んでいる姿を想像すると涙が出るほど幸せな気持ちになる。

「ねえ、今日もいいでしょ」
彼女が恥ずかしそうにいうのがすごくカワイイ。ボクはためらわずに返事をした。
「にゃーん」



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