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物語を昇華させる佐藤直紀さんの舟

映画やドラマで用いられる音楽は「劇伴(げきばん)」とも言うらしい。素晴らしい劇伴は、聴くだけで物語を呼び起こし、あの感動を何度でも届けてくれる。

作曲家の佐藤直紀さんは言わずと知れた劇伴のトップランナーの方であり、『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞した以外にも、ハゲタカ、海猿、コード・ブルー等、数々の作品を手掛ける生きる伝説だ。NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも特集されており、その音楽へ向き合うひた向きさにプロの真髄を感じた。

その数多ある佐藤直紀さんの作品の中で、もはや劇伴が物語を飲み込んだ!と思った作品が、2012年のTBS日曜ドラマ『運命の人』だ。自分も大好きな山崎豊子さんの小説を題材としたドラマを飲み込んだなんて色々な筋から怒られるかもしれないが、それほどに佐藤直紀さんの劇伴『運命の人』が醸し出す疾走感がたまらなかった。

ドラマの物語は、本木雅弘さん演じるやり手新聞記者「弓成亮太」が沖縄返還における米国との密約に関する機密情報をスクープする中で、野党国会議員への情報漏洩、情報源である外務省事務官(真木よう子さん)との関係への追及、に翻弄されていくという内容で、弓成亮太が直面する切迫感・緊迫感を佐藤直紀さんの『運命の人』が最高に高ぶらせた。

劇伴『運命の人』を聴くだけで、弓成亮太が直面する壁にもがき苦しみながらも勇敢に立ち向かう情景が想起され、あたかも自分も国家的に重要な仕事で困難に立ち向かっているような錯覚を覚えた。更に聴数を重ねていくと、次第に弓成亮太は離れていき、果敢に困難に立ち向かっているという感覚だけが残っていった。

視覚に伝えられる世界の奥行きには限界があるが、聴覚に届けられる世界は一人ひとりの想像力によって無限に広がっていく。佐藤直紀さんの劇伴は、時に各々が物語を昇華させた意味を乗せてきてくれる舟へと形を変える。僕はスマホにその舟を並べ、困難に立ち向かうための助け舟としてチャーターするのだ。

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