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竹と着物とつくる人「アルモンデ堂」屋号の理由。

アルモンデ堂
あるもんでどう
有る物で、どう?

ちょっとオヤジギャグのような
ふざけた屋号ですが。
そのまんま、
「有る物でどうですか?」
というご提案なのです。


有る物とは何か?

日本は資源がないと言わることが多いようですが、本当にそうでしょうか。

増え過ぎて厄介物扱いされるほどの竹、

8億着以上タンスに眠っていると言われてる着物。

視点を変えれば

竹は切っても切っても毎年生えるなんて、なんてサステイナブルな植物!

着物はすでに手元にある質の良い布!

他にも沢山あるはず。

雑草だと思っているものも食べられたり繊維になったりとかね。

では無いものは何なのか?

コロナ禍で円安のこのご時世。

輸入に頼っているものはかなり危ういのではないか。

輸入できても数が少なくなったり、値段が上がってしまったり。最悪、手に入らなくなる。

この心配があるものを使って仕事をするのは、かなりリスクがあるのではないか。

お金を出さないと手に入らない素材を使うということは、自分でコントロール出来ない部分をつくってしまうこと。

そのリスクを負う意味があるのか?

アルモンがあふれているのに。


だから私は

アルモンだけでものづくりをする。


アルモンには価値がある。

じゃあどうしてアルモンが生かされてないのか。

技術がないのである。

技術とは何か?

今の70〜100歳が当たり前に持っているもの。

有るものを生かす術。

そのくらいの年代の方々は何でも自分でどうにかする。

うちの祖父は、国鉄の社員だったけど身の回りのものは竹でつくったし、家まわりの修理もできた。

祖父の年代ではきっとそんなに珍しくないと思う。戦後、自分でどうにかしなきゃお金もないしどうしようもなかったのかもしれない。

でもそれが、当たり前過ぎて

そんな苦労を子どもにさせたくなくて

技術を引き継ぐことがほとんどなかった。

身内ばかり例に出してなんだが、

父はそういったことが全く出来ない。

もちろん孫世代の私も。

祖父世代の

自分で自分の身の回りのことができる技術。

有るものを生かす技術。

手仕事と言われるもの。

これが今ないから

何でもお金を払わなきゃいけない。

自分で何もできない。


だから技術を身につける。

アルモンを活かすために。


それが私は竹細工の技術だったり、

着物をリメイクする和裁・洋裁の技術なのです。 

たまたま私の身の回りには竹林があって、

たまたま私の祖母が亡くなって着物が沢山出てきた。

あるもんでどう?

技術もアルモンになれば最強じゃないかな。

そんなことを考えて竹細工と着物リメイクをしています。

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