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3分40秒小説『柏木さんそれは中古です』

 待ちに待った新作、推しのグラビアDVD、グループを卒業して初めてリリースしたイメージビデオだ。アパートの階段を駆け上がり、紙袋から取り出しパッケージを眺める。白いワンピースを着て浜辺で燥いでる笑顔――可愛い!嗚呼、早く見たい!逸る気持ちを押さえ丁寧にビニールを破る。ケースを開ける。
 DVDが2枚、1枚は特典映像、これは後で見よう。まずはメインの方を――ん?固い。取り出せない。くそっ!悪戦苦闘する。くそっ!全然外れない。中央の穴ががっちりプラスチックの爪で固定されている。接着されているんじゃないかと疑いたくなるほどに。駄目だ。これ以上やるとDVDが割れてしまう。

「お電話有難うございます。タツヤ駅前店です」
「あのー、先ほどそちらでアイドルのグラビアのDVDを買った者なんだけど――」
「はい」
「抜けないんだけど」
「抜けない?」
「全然抜けないんだけどどうなってんの?せっかく楽しみにしてたのに」
「抜けない……」
「そう、全然抜けない。どうしてくれんの?」
「えーと、そのですね。あくまでアイドルのDVDですので、そのぉ、そういった目的といいますか、その用途と言いますか……人によってどう感じるかはまちまちですし、そういった場合もあり得るかと思いますが――」
「は?ふざけてんの?アイドルのDVDだから抜けないってこと?今までアイドルのDVD何十枚も買ってきたけど抜けないなんてこと一度もなかったぞ」
「……そうですか」
「中には抜きにくいDVDもあるけど、大抵は思いっきり力を入れてぐいぐいやるか、ここだっていうポイントに指を押し付けてじわじわ力を加えて行けば抜けるもんなんだ。今までこの方法で抜けないかったDVDは無い!断言する」
「……左様でございますか」
「お宅は何?抜けないDVDを平気で販売してるってこと?」
「いえ、そういうわけではないのですが……大変申し訳ありませんが、その辺のことは補償致しかねます。お客様の体調による部分も多いですし……もしあれでしたら、一晩ゆっくりお休みになって翌日また試してみられては如何でしょうか?」
「ふざけんなっ!俺の握る力が弱ってるって言いたいのか?そもそもがそんなに気張らなくてもすっと抜けるのが正常だろうが!違うか?」
「申し訳ありません。私は女性なのでその辺のことはちょっと分かりかねます」
「性別は関係ない。誰でも同じような経験はあるはずだ。貴女だってDVD買ったことくらいあるだろ?」
「あります」
「何のDVDだ?」
「はい、韓国の男性アイドルグループの」
「じゃあ思い出してくれ。パッケージを開ける。DVDに触れる。そして抜く。貴女もそうしただろ?」
「いえ、先ほども言いましたが私は女なので――」
「男でも女でもDVDを買ったらまずは観る前に抜く、そういうもんだろうがぁっ!」
「すいません。良く分からないです」
「もういい。今から全力で抜く」
「全力で?」
「ぶっ壊れても構わない。思いっきり力いっぱい握って抜いてやる」
「それはお止めになった方が――」
「うるさい!やるといったらやる、だがな、もしもこのオレの大事な大事な宝物がぶっ壊れたら、そっちに持って行くから新品と交換しろよ!絶対だぞ!」
「新品?交換?あの、お客様、新品と言われましても――あっ」
 つーつー

「店長」
「どうしたの柏木さん?クレーム?」
「店長のって……そのぉ、新品ですか?」
「新品?」
「まだ使ったことありませんか?ひょっとしたらお客様が交換しにいらっしゃるかもしれないので」
「何?言ってる意味が全く分からない。はっきり言ってくれない」
「はい……分かりました。店長、童貞ですか?」

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