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6分0秒小説『狂った世界』

 核戦争前夜。私は、眠ってしまった――デスクに伏して。腕が頭の形に赤い。だが痺れを感じているのは、むしろ頭の方だ。カーテンを開ける。
「まだ。世界は終わっていない……か」
 東西奔走した――我が国の核の発射スイッチが押され、それが引き金となって核戦争が勃発し、世界が滅びる。そんな事態を避ける為、この一週間一睡もせずに。
 東は中国、北朝鮮、日本、韓国。西はロシア、EU諸国。そしてホワイトハウスにも何度も足を運び……だが合衆国の一議員に過ぎない私には、どうすることも出来ず――

 今日未明、大統領命令で核による先制攻撃が行われる。この攻撃が黙示録に記された”第一のラッパ吹き”となることだろう。核の先生攻撃によって、敵国の反撃能力を壊滅させることは不可能。公海上で息を潜める敵国の原潜。その数は把握できていない。当然――核ミサイルが詰まれている弾頭をびっしりと、我が国に向けて揃えて。

 窓辺で朝日と風が戯れている。静かだ。

 コンコン

「……入り給え」
「失礼するよ、アダムス議員」
「国防長官殿――」
 ”顔色が優れませんね。まるでこの世の終りのような顔だ”そう続けようして、止めた。
「攻撃は何時に行われますか?」
「ゴルフの約束を忘れたのか?奥さんに聞いたら、ここだと言うから迎えに来た」
「……最高のジョークですね。人類が滅亡する日にゴルフ?いや、それもいいかもしれませんね。最悪負けても、世界が滅べば無効試合です」
「人類が滅亡?なんの話をしている?映画か?」
「違います。現実の話です。本日行われる核攻撃の開始時間を教えてください」
「核攻撃?なんだそれは?」
 駄目だ。長官はストレスの余り、認知に異常をきたしたらしい。居心地悪そうに突っ立っている長官を尻目に、電話を掛ける。
「もしもし、アダムスです。大統領に繋いでくれ、急ぎの用事だ……大統領、教えてください。世界は何時に終わるのですか?……何を笑っているのですか?え?ジョーク?違います!今日行われる核攻撃の開始時刻を……核攻撃を知らない?どういう意味ですか?つまり私が聞きたいのは、核兵器による先制攻撃の時刻です。え?『核兵器とは何か?』ですって?!」
 嗚呼、まさか大統領までもが――電話を切る。

「あのー、アダムス議員」
 秘書のジェシー、心配そうに見ている。
「何かね?ジェシー」
「随分疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけがない!まさに今、核兵器により世界が終わろうとしているというのに」
「議員、世界が終わるとはどういう意味ですか?それと核兵器とは一体なんなんです?」
「ジェシー、本来、国家機密だが、もはや明かしても構わないだろう。本日未明、我が国は核爆弾による先制攻撃を行う。家に帰り給え。最後の時間を家族と過ごすといい」
「すいません。おっしゃっている意味がわからないのですが……私は、スケジュールを伝えに来ただけです。今日は午前中に国防長官とゴルフ。午後からは養護施設の慰問となっております」
「馬鹿な!」
 国防長官も、大統領も、ジェシーも核攻撃のことを忘れている。いや、それだけでなく、核爆弾というものの存在を知らない。忘れているというよりむしろ、核兵器がこの世に存在していないかのような――。
「すまない、しばらく一人にしてくれないか」「なにかご用があれば、お呼び下さい」
 国防長官は眉根を寄せて私を見、「君は疲れているようだ。ゴルフはまたにしょう」と言い訳し去った。

 新聞を広げる。第一面のニュースは?「主要国首脳会議がウラジオストク市で開催」どこにも核戦争についての記述は見当たらない。デスクに置いてある核兵器の専門書を手に取る。内容を確認する。

   目次

   □パンジーの育て方・・・・P15
   □球根植物の植え替えについて・・・・・P20
   □冬に咲く花の種類と手入れの仕方・・・・・P25

 本のタイトルを確認する――『趣味の園芸』。いやそんなはずは無い!確かにここに置いた――本棚を漁る。ほぼ半数が園芸書だ。手当たり次第、知人に電話する。
「今日、核攻撃により、世界は滅びる。知っているね?いや、知らないはずは無い!先週、その件について君と一緒に中国に交渉に行ったじゃないか!?」
「博士!核兵器の専門家である貴方にお聞きしたいことが……え?『核兵器とは何か?』”ですって?」
 掛けた電話が百件を超えた辺りで、私は受話器を落とした。「誰も核戦争どころか核兵器のことすら知らない」書籍にも記述はない。ネットを調べたが、核兵器関連の記述は一切ない――何故だ?

 手段は不明だが、核保有国のうちのどこか――仮に”X”と呼ぼう。そのXが、核兵器に関する人類の記憶を消してしまったのだろうか?突拍子もない考えだが、それ以外ありえない!自国を唯一の核保有国とし、世界を従えるつもりなのだ。

 翌日から私は、その核兵器の脅威を人々に説く活動を始めた。街頭に立ち、マイクを握り、強い口調で、Xの存在とその脅威について、人々に語った。
 ある演説中に、聴衆の一人が言った。「議員、きっと犯人は宇宙人ですぜ。地球が滅亡するのを阻止すべく、記憶喪失光線を地球上に浴びせたんでさぁ」聴衆が一斉に笑った。
「おい!貴様、Xの諜報部員だな?そうやった私を貶めて、核兵器の存在が再び知れ渡るのを阻止しようとしてるんだ!」
「止めろ!服を掴むな!議員が市民に暴力を振っていいのか?」
「これは暴力ではない!そこの警官――」

 諜報部員と思しき男を捕まえるよう警官に命令したが、拘束されたのは私の方だった。留置所の壁に向かって叫ぶ。

「私は正常だ!私以外の全人類が異常なんだ!どうして核兵器のことを忘れてしまったんだ?多くの国が核爆弾を保有している。その総数は2万7000発。もし仮に、そのすべてを使用したならば、地球上の生物すべてを18回は殺すことができると言われている。それこそが、この世界!この世界の真の姿だ!」


 議員の絶叫を遠音に聞いた掃除夫が、モップを止めて呟く。「そんな狂った世界、あるわけないだろ」

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