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6分20秒小説『壁に掛けられたムンクの叫び』

「Aランチセットでお願いします」
「申し訳ございません。ランチは12時からのご提供となっておりますので、あと2秒ほどお待ち頂けますか?はい、お待たせいたしました。只今よりランチのご注文受付可能でございます。では、改めてご注文お願いします」
「え?改めて?」
「はい、先ほどのご注文は12時前でしたので」
「……Bランチセットで」
「え?先ほどはAランチと仰いましたけど――」
「じゃあAランチで」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」

「お待たせいたしました」
「あのー」
「はい」
「どうでもいいんだけどさ、あの店員さん大丈夫?」
「えーと、どの店員あ、あちらの?多田君がですか?」
「そう、あんた店長さん?」
「はい、あのー、彼が何か失礼なことを言ってしまったのでしたら――」
「いや、失礼ってほどじゃないんだけどさ『ランチ開始は12時からなので、後2秒前お待ちください』って言われちゃってさ、いや、クレームじゃないよ。でもすっごい違和感があったから一応伝えておきます」
「申し訳ありません。ちょっと融通が効かないとというか、変わった子でして」
「だよね!びっくりしちゃったよ。『Aランチで』って注文伝えたら『12時前なので無効です。もう一度言ってください』って言われて」
「大変失礼いたしました」
「いや、いいんだけどさ別に――ほんとにクレームとかじゃないから」
「はい、後で本人にきつく言っておきますので、大変申し訳ございませんでした。失礼致します」

「お客様」
「あ、さっきの店員さん」
「先ほど店長がお詫びをしたようですが、撤回させて頂きます。ではごゆっくりお楽しみください」
「え?ちょっと待てお前!何だそれ?!」
「はい?」
「今のなんだ?」
「ですから、店長の謝罪を取り消しに来ました」
「何で?」
「必要ないので」
「必要ない?」
「あの程度のことで謝罪する必要ないと思いまして――」
「あー、駄目だ。ちょっと店長呼んで」
「はい、店長、お客様がお呼びです」

「どうなさいました?」
「この人がね、多田君だっけ?先ほど丁寧に店長さんが謝ってくれたじゃない?それを撤回するって言ってるんだけど、どう思う?流石に失礼じゃない?」
「そうでしょうか?」
「え?」
「お客様も『クレームではない』と仰られたので、よくよく考えてみると謝罪の必要はなかったかなと――」
「嘘でしょ?!え?店長もそっち側の人なの?」
「そっち側?」
「さっきは普通の人だと思ったのに……え?俺が悪いと思ってるの?」
「いや、とんでもございません。お客様が悪いとはまったく思っておりません」
「だよねっ?!」
「ただ私共に落ち度があったとも思われません」
「え?いや、あっただろ?」
「どういった落ち度が御座いましたか?」
「まず『2秒待て』って言ったこと、そして『もう一度注文お願いします』って聞き直したこと、いや、そこはどうでもいいんだよ。別に何の問題もない。そのあと店長が謝ってくれたじゃん?それですべてが丸く収まったのに、『謝罪を撤回する』って?これがまったく納得できない!喧嘩売ってるようなもんじゃねぇか?!」
「いや、『2秒お待ちください』と『もう一度注文お願いします』は問題ないって今お客様言われましたよね?ではやはり、謝罪は必要ないのかと――」
「えー?怖いよもう。なんだよこれ、ハンバーグが冷める前に解決できると思ってたのに、もうそんなレベルじゃなくなってきたよ。一体どう説明したらいんだよ……」
「お客様、私共逃げも隠れも致しません。まずはお食事を楽しんでいただいて、それから――」
「楽しめねぇよ!サイコパス二人に見られながら食事なんかできるかっての!」
「サイコパス?」
「店長は違うとしても多田、お前は間違いなくサイコパスだっ!」
「かしこまりました」
「おいおいおいおい何だそれ?怖すぎるよお前」

「ちょっと!さっきからうるさいんだよアンタ!静かにしてくれ」
「あ?俺に言ってるのか?」
「アンタだよアンタっ!聞こえてたよ。たかが2秒じゃねぇか、なんで待ってやれないんだよ?!」
「待ったよ!俺は待ったんだ!2秒待ったんだよ!でも多田君が2秒待てなかったから――」
「僕、待ちましたよね?」
「あ?」
「店長、僕、2秒待ちましたよ」
「そうなの?」
「いや……え?」
「はい」
「いや、今の『はい』は何だ?」
「かしこまりました」
「それ、止めてくれよマジで」

「アンタさぁ、結局どうしたいの?別に店長もそこの店員さんも悪気があるわけじゃないんだろ?」
「悪気……確かに悪気はないとは思う。だけど、何て言うか――悪気よりもさらに邪悪な何かが、俺の正気を脅かそうとしている」
「謝罪させたいわけ?」
「そうじゃない……謝罪じゃなくて、謝罪を撤回して欲しくないっていうか……いや、もういい!もういいわ!冷める前に食おう。もうこの件はいいから、二人とも向こう行ってくれ。店長さん、いいだろそれで?」
「分かりました。多田君、下がって、私はここに残る」
「え?」
「何かあるといけませんので、私はここで待機させて頂きます」
「何?俺のこと危ない客だと思ってるの?」
「どうなんでしょうか……正直分からないです」
「分からない?」
「はい」
「……俺、普通だよ」
「かしこまりました」
「……もういい、帰る。ほら、金、釣りは要らねぇ。これ以上アンタらと話してたら頭がおかしくなる」

「帰っちゃたね」
「はい」
「多田君」
「はい」
「駄目だよ人の謝罪を勝手に撤回しちゃあ」
「すいませんでした。あれ?店長、これAランチじゃなくてBランチじゃないですか?」
「え?あ、さっきのお客さんの?」
「はい」
「多田君『Bランチです』って言わなかったっけ?」
「いや僕『Aランチです』って言ったはずですけど」

 壁に掛けられたムンクの叫び。

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