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3分40秒小説『鬼才』

「今のセリフもう一度っ!」
「先生、実は僕……柴犬なんです。体はタカシ君だけど、心はタカシ君が飼っていた柴犬のゴローなんです」
「よしっ!じゃあ次、タカシの告白を受けての先生のセリフ、ハイッ!」

「……そうか、どうりでおかしいと思ったよ。何時からだ?8月ごろ?じゃあニ学期が始まった時にはもう既に心は柴犬だったんだな」
「はい、だから人間の心の機微が今一理解できないんです。先生の頭が剥げているのを見て、”お月様の様で綺麗ですね”って言ったのは、悪気があったわけじゃないんです。分かってもらえましたか?」
「分かったよ。分かった。お前も大変な思いをしていたんだな。でも先生も実はな……今度は先生の告白を聞いてくれるか?」
「ストップ!先生、もっと重々しい口調で、間もしっかり取ってから喋ってください。今から誰にも言えない深刻な悩みを生徒に打ち明けるんです。その気持ちになりきってください。いいですね?じゃあ、もう一度!」

「分かったよ……分かった……お前も……お前も大変な思いをしていたんだな。でも先生も実は……今度は先生の告白……聞いてくれるか?」
「いいねぇ!いいよ!感じ出てた!はいっ、続けて!」

「先生な……実はボウリングの球なんだ」
「え?ボウリングの?球?」
「そうだ。この頭は禿げてるんじゃない。剃ったんだ。少しでもボウリングの球に近づける為に」
「いつからですか?いつからボウリングの球になったんですか?」
「去年からだ。去年ボウリングをしている時、うっかり球を頭に落としてしまってな……はは、年甲斐もなく振り被りすぎたんだな。手を滑らせて、凄い音がした、ゴギってな。その時に心が入れ替わってしまったんだ。教師である山本和也とな」
「嘘だ!ボウリングの球と入れ替わったのなら、授業なんてできるわけないじゃないか!」
「記憶は引き継いだんだ。心だけが入れ替わってしまったんだよ」
「……じゃあ僕と同じだ」
「信じてくれるかい?いや、こんな話、柴犬にしても信じてはもらえないよな。じゃあ、これを見てくれ」

「はいっ、そこで先生が前転をする……嗚呼、駄目!全然出来てない!先生はボウリングの球なんですよ!?もっと真っすぐに転がらないと!はい、もう一度……ダメダメダメ!そんなんじゃあピン一本も倒れないよ!もう一回……少し良くなってきた。おいっ田所、お前投げてやれ!は?言わなくても分かるだろ?先生を投げるんだ!そう……違ぁうっ!鼻の穴と口に……そう、指を入れて、いいか?ストライク取る気で投げるんだ!……馬鹿野郎!どこの世界にボウリングの球に『投げますよ痛くないですか?』なんて聞く奴がいるんだ?さっさと投げろ……うん、いいじゃないか。先生、今の感じ、忘れないで!今、凄く絵が見えた。ピンが倒れるのが見えたよ俺には、はいっ!じゃあ次、柴犬のセリフ」

「ホントだ!ボウリングの球だ!じゃあ先生は?!先生の心は今どこにあるんですか?」
「ああ、彼は、彼の心は、ボウリング場のレーンを転がり続けているよ」
「タカシ君は……今でも家の庭にいます。そして晩御飯の風景を覗いて、毎晩悲しい声で鳴いています」
「はいっ!ここで蟹の登場!教室のドアの隙間から、そう、横歩きでゆっくりと、そしてセリフ!」

「話は聞かせてもらいました」
「君は?」
「蟹です」
「蟹?それは見れば分かりますが……蟹がどうして学校に?」
「実は……お二人に力を貸して欲しいんです」

「はいっ!いい!すごくいい!皆この一週間で上達した。俺の世界観に近い芝居ができるようになってきたよ。先生、転がる練習だけ、来週の稽古までに、しっかりと、ね?お願いね。じゃあ今日の稽古はここまで。撤収!」


 鬼才、一(さんのふたつまえ)周作監督による現代劇『新釈 猿蟹合戦』乞うご期待!


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