詩ョートショート『朝マックの向こうの永遠』
彼がいなくなった部屋に、初めての闇が訪れる。私は不安だった。灯りを消すのが怖かった。でもパチリ。部屋に闇が充満する。重たいガスのように。肌に触れる闇、鼻腔から肺に侵入する闇。存在自体が取り込まれる感覚。思わず手を伸ばす。でもそこに彼の腕は無い。
ベッドがある辺り、着地予想地点、diveする。一秒に満たぬ滞空時間に、永遠とまごう孤独を感じる。シーツの地平線は遥か彼方。ここはきっと星のない宇宙。無重力空間。
嗚呼、私、呼吸できるだろうか?彼の口づけ無しで、息継ぎ無しで、朝まで息が続くだろうか?これから毎晩、真空のような夜を過ごすの?パジャマは宇宙服?まだシーツに辿り着かない。私の身体は、暗闇に浮いたまま。もしここで涙を流したら、きっと涙だけを宙に残し、私は沈んでゆくのだろう。嗚呼、それはきっと救いだ唯一の。衛星軌道に乗った涙は、光こそ放たないが、星に擬態して私の夜を見守ってくれるはず。私は微笑む。うん、きっと大丈夫。私、呼吸できる。暗闇の中で。だふん。
ベッドに着陸した。いや墜落した。跳ねる体。ワンバウンドが長いスローモーション、低空で思う。今頃彼も同じ闇にdiveしているのだろうか?それとも、私と太さの違う腕を握り、例のように優しくベッドに誘っているのだろうか?跳ねた体が頂点に達した瞬間、私は身を捻り、天を仰いだ。涙が見える。浮いている、幾つも。星に迫る程の数。
着地した。息を吸う。うん。この闇は冷たい。でも辛うじて私を生かすだけの酸素を含んでいる。大丈夫。夜は短い。そう言い聞かせて、意識を失う。
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朝、窓から光が漏れている。私は半身を起こし涙を探す、それが陽を浴びて、輝やいている映像を望んで。
「消えちゃった」
悲しみを残したまま。
息を吸う。
駄目だ。
呼吸できない。
私。
もう。
光の中で。
呼吸することが出来ない。
すがる腕求め、生首だけ、毛布の闇に帰ってゆく。
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私の指が勝手に”今日休ませてください”ってlineしているのを眺めながら私は、毛布に消え行った自分の生首を侮蔑する。体の奥にいる操縦士が、私を、光目掛けて立ち上がらせる。機内にアナウンスが響く。
(朝マックだ。それしかない)
マフィンが、シェイクが、きっと私を助けてくれるはず。そんな些細な救いを幾重にも重ねて、また、新しい永遠を探そう。永遠はきっと、一つってことは無いだろう。だって、永遠なのだから。
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