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3分50秒小説『遺伝子魚洲』

 円形水槽の外縁には、強化ガラスで仕切られた四つのスペースがある。それぞれに巨大な魚影。雷鳴、屋外水槽の水面に激しい矢雨が無量に刺さる。

「俺の創りだした魚が勝ち残るだろう」
 と、色付き眼鏡の生物学者。
「あんさんの?あのでっかい鰯みたいな魚が?笑わせまんなぁ」
 泣きぼくろの生物学者が言った。
「ふふっ、あたいの魚が一番だよ」
 紅一点、どぎつい口紅の生物学者。
「ぼ、僕の魚が、最も優れているんでやんすよ」
 前髪だらりの不気味な生物学者。

 生物学者達による科学の祭典。その名も「遺伝子魚洲(いでんしウォーズ)」――遺伝子操作により創り出された魚を水槽内で戦わせ、どの魚が最後まで生き残るかを競う大会。優勝賞金は100万ドル。勝敗の結果は賭けの対象となっており、一夜にして巨額のマネーが動く。
 合法性に乏しく、いわゆる先進国で開催できるような内容ではない。故に開催国は、法の緩い南洋の小国。映像配信はダークウェブ上で行われ、賭けの胴元は、反社会的な集団。
 屋外に埋設された円形水槽、自分の創りだした世にも珍妙な怪魚の入った水槽を地下室、硝子越しに眺める生物学者達。それぞれが生み出した怪魚の前に立ち、火花を散らす。

 色付き眼鏡――鰯?違うわっ!俺の魚は、バラクーダ(オニカマス)を遺伝子操作して突進力を最大まで高めた怪魚、『薔薇喰打・改』だ!貴様らの魚の土手っに、穴を開けてやるぜ! 眼鏡を押し上げ不敵笑う。

 泣きぼくろ――わてが遺伝子をいじくった改良河豚(ふぐ)は、てっさ強いでぇ。生物界最凶の猛毒、テトロドトキシンの数千倍の毒性を持つ新毒「てとろどときしん・なにわ」がその身にたっぷり染みこんでおますさかいなぁ。触れただけで即座にあの世行き!分厚い皮と身で、突進されても食い付かれてもびくともせぇへん。今年は、わての怪魚『シン・毒丸』と阪神が優勝やでぇ 泣きぼくろ指でぎゅーってアッカンベ。

 どぎつい口紅――ふん、男なんて皆性欲の塊。それは魚も同じ。私の愛魚『愛欲鮫』はどんな雄魚もイチコロのスーパーフェロモンを放出するのっ!そして雄魚がふらふら近づいてきたところを――うふふふ、お口で噛み千切る!この愛欲鮫のお口には、3列360本の鋭利な歯、いや牙が並んでる。あんた達がオスの魚を持ってきた時点で、私の勝ちは決まってるの。生き残るのは私の愛欲鮫!別名『 刃☆鬼☆魚(ばぎな)』よ) 口紅を立体的に塗り重ね、んぱっ。

 前髪だらり――皆様、お待たせいたしました僕のお魚ちゃん、『ギョギョ魚きゅん』はすんごいでやんす。何がって?逃げ足がですっ!この闘いは、”最後まで生き残った魚が優勝”というルール。生き残りさえすればいいわけで戦う必要なんかないんでやんすよぉwww。逃げるんでやんすひたすらに!後は勝手にお馬鹿さん達で殺しあってくれればイインデスッ。危機に瀕した生物は、闘争か逃走かを選ぶんでやんすよー。闘争は、お馬鹿さんに任せて、僕の魚は逃走する。これぞ適者生存の理でや~んす。 前髪ふっふー。


 円形水槽の外縁には、強化ガラスで仕切られた4つのスペースがある。それぞれに巨大な魚影。
 雷鳴、屋外水槽の水面に激しい矢雨が無量に刺さる。豪雨風雷の曇天、雷が光った。そして――。

   ゴウ!

 雷鳴が合図、硝子の仕切り板が一斉に底面に収納される。
「行けーーー薔薇喰打・改!」
「いてこませーシン・毒丸!」
「殺るのよ、ヴァギ……じゃない愛欲鮫!」
「逃げるんでやんす。ギョギョ魚きゅーん!」

 四匹の怪魚が円形水槽に放たれたその瞬間――。

   ぷかー

 一様に腹を上に水面に浮かぶ。円形水槽の海水は、降り注ぐ豪雨によって淡水化していた。
 そう、四匹の怪魚は皆、海水魚だったのである。


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