2分30秒小説『プレステの上の豆腐と目薬』

 詩を書こうと思ったが冷蔵庫の中には、目薬と豆腐しか入っていない。目薬は、気の遠くなるほどの昔っから卵入れの窪みに閉じこもったままのフリーターであり、豆腐は2日前の深夜12時を以て賞味期限を終えて定年退職したオールドミスである。
 ここはロートレアモン著『聖マルドロールの歌』の一節、『手術台の上のミシンと蝙蝠傘の結婚』に倣い、かの二品をプレステの上に於いて引き合わせることにしよう。
 
 コントローラーのPSボタンを長押しして本体を起動する。ゲームを立ち上げる。本体から発せられる微熱微振動。
 豆腐は熱に浮かされ婚期を逃したことを忘れる。目薬が揺れに合わせて透明なタップを踏む。二人の目が合う。豆腐が会釈する。目薬が照れくさそうに話し掛ける。
「冷蔵されていた時からずっと君を見ていた」
 豆腐が冷笑する。
「そう?貴方、調味料?」
「違う。僕は調味はしない」
「じゃあどうして冷蔵庫に?」
「分からない。気が付いたらそこに転がされていた」
「そう、がっかりだわ、もしも貴方が調味料ならば私に味を付けて欲しかったのに」
「失礼だけど、賞味期限は?」
「2日前よ」
「じゃあ味付けしても誰も食べないよ」
「だから何?すべての豆腐が誰かに食べられることを望んでいるとでも?」
「いや、その辺のことは僕には分からない」
「じゃあ教えてあげる。豆腐はね、味付けされた瞬間に命の到達点に至るの。その後食べられようが棄てられようがドウデモイイ。私は味という色彩で料理という絵画を描くためのcanvasのような存在なの」
「なる程、確かに絵画は、その薄っぺらな色彩を鑑賞するものだが、canvasという肉体が無ければ色彩という魂は存在することができない」

 僕はコントローラーを投げ出し、二人の会話を終わらせた。何もかもが散々だった。詩を書こうと思ったのに、どうして僕はゲームをしているんだ。しかも目薬と豆腐の与太話を聞きかされながら。
 目薬を卵入れに戻し、豆腐を棄てた。
 悪いか?僕は悪者か?確かに豆腐を擬人化したが、その人格を抹消する事は殺人には当たらない。
 つまり僕が言いたいのは、仮にアナタの言うように豆腐に味付けをしてその本願を成就させたとて、決して食べることは有り得ないわけで、その場合にですよ、調味料サイドの気持ちになってみてご覧なさい。堪ったものではないハズだ。豆腐の道連れに棄てられてはしまうのは。僕が言いたいのはそれだけです。それと後一つ。僕はきっと人生に於いて未だ、自分自身を擬人化出来てはいない。

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