5分10秒小説『ディッシュ君の夢』

 ディッシュ君はかわいいお皿。居酒屋の棚に入学して、今日から始まる新学期のことを思ってワクワク、ピカピカしています。
「みんなー、今日からよろしくねー」
 棚にならんだ仲間のお皿たちに元気いっぱいにあいさつをしました。でも、みんなはだまったままです。
「どうしたの?みんな元気がないね?」
 仲間のお皿に聞いてみました。すると――。
「だって、割られるから」
「割られる?」
「そう」
「そんなはずはないよ。だってここは居酒屋でしょ?ぼくたちは、おいしいおいしいお料理をいっぱいせなかにのっけて、たーくさんのおきゃくさまのとこまで運んで、そしていっぱい食べてもらって笑顔になってもらって、毎日毎日そんな楽しいことばかりがおこる場所、それが居酒屋でしょ?」
「ふつうはね。でも新人のタシロさんがいるから……」
「タシロさん?ホールにあたらしく入った女の人だよね?すごく笑顔がステキだし、指もキレイだし、ボク、はやくあの人にはこんでほしいな」
「ダメだよ!タシロさんはね、まだ三日目なのにボクたちをもう5枚も割ってしまったんだ」
「……うそだ!あんなステキな笑顔の人が、そんなおそろしいことをするわけがない。仲間はタシロさんに割られたんじゃなくて、きっと悪いおじさんにさらわれたんだよ」
「違うよ。皿割れたんだよ。キミも気を付けなよ。タシロさんはいい人だけど、おちょこちょいなんだ。でもそのせいでボクたちの夢もいっしょに割ってしまっているっていう自覚がないんだねきっと」
「そういえば”気付かなければ傷つかない”ってジョッキ君が言ってた。楽しく生きるためには、そういう考えかたもありだなって」
「確かに意図的にそういった選択肢を取る人もね。でも気付かないことは傷つけることかもしれないよ。現に僕たちは傷付いている」
「なるほどね。キミの言うことを信じるよ。でもボクはそれと同じくらいタシロさんも信じることにする。カノジョはおちょこちょいだけなんとかすれば、きっとすばらしい店員さんに――え?あ、ボクの番だ。ちょっと行ってくるね」
「気を付けてね。キミとお話ができてたのしかったよ。また色んなことを話そうね。ボクはいつかビーフストロガノフを乗せるのが夢なんだ――体は丼ぶりだけどね」
「その夢はいつかきっと叶うと思うよ。店長さんがビーフストロガノフ丼をつくるに決まってる。だって、ここは創作料理が売りの――あ、もう行かなきゃ、じゃあね」
「待ってるよ。帰ってきたらキミの夢も聞かせてね」

 でもディッシュ君はみんなのところに帰ってきませんでした。タシロさんがうっかり指をすべらせたからです。床でこなごなになって、何も考えられなくなってしまいました。だからディッシュ君の夢がなんだったのか、だれも知りません。
 タシロさんは今日も元気にはたらいています。笑顔もステキです。でもお皿たちにとっては、自分たちを割ってしまう、こわいこわい大魔王のようなそんざいなのです。
 小さな破片の声、聞こえませんかタシロさん。
「キミの夢の話を聞かせて」
 そう言ってるよ。君がちりとりに押し込んだ破片の一つ一つが、そう言ってるよ。

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「これを読んで読書感想文を書くように言われました。それと今日、店長はお休みなので、高田さんに預けておくようにって。これ、書いてきたんでお願いします」
「はは、感想文書けって?言われて驚いただろ?店長、恐そうな顔してるけどさ、バイトを叱るのが苦手でね。言いたいことはいつも手紙にして手渡してくるんだ。それが結構熱い内容でね。ま、小説仕立ては流石に初めてけど。これちょっと読んでみていい?」
「はい、高田さんにチェックしてもらって、アドバイスを受けろって」

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   読書感想文『ディッシュ君の夢』を読んで

 素人にしては意外にまとまった内容で書けていて好感がもてた。ところどころ言い回しや表現が不自然な箇所が散見されたので、実際にお子さんに読んでもらうなどして、童話としての完成度を高めてもらいたい。
 テーマは一貫していて、伝わり易いと感じたが、遠回しに作者の想いを押し付けるような終わり方は、読者には受け入れられないと思う。
 安易に笑いを取りにいくのは控えた方が良い。逆に読者が冷めてしまう(攫われた⇒皿割れた)。
 総じて粗が目立つが、作者の創作意欲の高さを伺わせる作品でした。作者の夢はきっと、童話作家なのでしょうね。ディッシュ君のようになる前に、その夢と真摯に向き合って欲しいなと感じました。

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「どうでしょうか?」
「……マジか」
「どうですか?」
「いや、これ店長には読ませられないよ」
「おつかれさん」
「あ、店長」
「田代さん、書いてきてくれた?」
「はい、これです」
「あ、店長それ読むのちょっと待ってください!って、あ、駄目ですって!」
「どれどれ……ふんふん…………う……うわ…………ふー」

 重い沈黙。

「高田」
「はい」
「お前、この店やってみるか?」
「え?」
「俺、やっぱ自分に嘘はつけない……童話作家になるよ」
 

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