螺旋セラ

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最近の記事

わたしを悲しむだれかの記

 車の免許をとって一年経った。時間が過ぎるのなんてあっという間だ。合宿免許に通ったあの頃が、ついこの間のようだ。 「ねぇ、ちょっと大丈夫」  助手席にすわり、わたしは菜原くんの顔をのぞきこむ。 「あれから一年も運転してないのに、こんなレンタカーなんて借りちゃって」 「あれ、茉ぁちゃん、俺のこと信用してないなぁ。こう見えて俺、運動神経、良いほうなんだけど」  思いのほか慣れた手つきでエンジンをかけ、レンタカー会社の駐車場から車を発進させる。  車はオレンジ色のスターレットで、色

    • わたしのいない季節

       具体的な地名はここではあげないことにする。これを読んだ知らない誰かが、あの土地をうっかり訪れたりしないように。  都内にいくつか存在する「幽霊坂」の、これはそのおはなしのひとつだ。 幽霊坂と云えば、本郷やお茶の水、三田あたりがその名の知れた土地だとおもうけれど、わたしの場合、ちょっと異なった。  内緒とは云えあまり意地になっても窮屈だ。おおまかな場所をあげるとするなら、そこは奥沢と上野毛、そして桜新町をそれぞれ頂点にした三角地帯のなかに存在する、とだけ云っておく。そんな場所

      • 夏とわたしの始発駅

         これは良く似た顔したふたりの女性と、そしてわたしとのおはなしだ。ガール・ミーツ・ガール、あるいは、ガール・ミーツ・ウーマンと云ったところだろうか。夏の出会いは一瞬だ。一瞬だからまぶしくひかる。わたしは今でもあのひとたちのことをおぼえている。   暑い日が日一日と増え、やがて余すところなく、すっかり夏になった。  わたしたちの大学は夏休み前に前期試験があるため、七月もかなり後半まで学校に行かなくてはならない。その分、夏休みが長いのかと思いきや、さにあらず、普通に九月あたまか

        • わたしの春の咲く方へ

           大学四年になった。  年号が変わって最初の春だから、世の中の動きもどこかはなやいだ。お花見に行こうだなんて友だちからのアイディアも出て、少し驚く。この三年間、こんなこと一度もなかったのに。 「だって、来年にはわたしたち、もうバラバラなんだよっ。離れ離れに、だよっ。一緒にいられるのも今年だけなんだから、思い出作らなきゃ」  友だちのセリフに、しかしわたしからすると、わざわざ人ごみに出るのはご辞退申し上げたい。世間の人々と同じ行動をして人波にもまれにいくなんて、ちょっと趣味じゃ

        わたしを悲しむだれかの記

          宝石の呼ぶ夢

           あのひとは永遠にわたしの道しるべだ。  いつでも悩めるわたしの行く先を照らして、前へ進ませてくれた。病めるときも健やかなるときも、あのひとの姿を思い浮かべると決まってわたしは安心した。  怖いことはないよ。  心配しないでいいよ。  わたしが手を引いてあげる。  そう云って手を差しのべてくれるのにわたしは安心して、どんな暗闇でも歩いてゆけた。あのひとのおかげで今まで生きてこられたと云っても大げさじゃない。  ただ致命的な問題があった。それは、こんなわたしのおもいとは関係なく

          宝石の呼ぶ夢

          わたしと町と星のこと

           その男の子の名前を他人の口から聞くのは何年ぶりだろう。 高校を卒業して、わたしが十八のとき以来だとすると、もう四年ぶりになるのかもしれない。 「ねぇ。里志のヤツ、なんかあいつ、帰ってくるらしいよ」  小学校からの女友だち、紗江が云う。久しぶりの食事会からの帰り、夜のコンビニ駐車場に停めた車内で運転席側の窓をいっぱいに開け、彼女はたばこの煙を細く長く吐く。  一瞬、誰のことか分からなかった。誰か知らない人間の名前を云われたようで、すぐには頭が反応しなかった。 「え、・・・なん

          わたしと町と星のこと

          神さまと第三惑星

           「神さまと第三惑星」  わたしの好きなあのヒトは、わたしじゃないヒトが好きだ。  わたしはこんなにあのヒトのことが好きなのに、それは変わらない。どうしようもないことを考えるのは、かなしい。どうにもならないことに苦しめられるのは理不尽だ。月夜のベッドでわたしは胎児のかたちで考える。輾転反側(最近高校の授業で習った言葉だ)して見悶えながら、ナイフみたいな殺意を感じる。あの相手が消えれば良いのに。この世からいなくなればすべて丸くおさまる。わたしはそれで安心する。あのヒトもきっと

          神さまと第三惑星