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"ダブルスタンダード"に苦しむ警察官の日々を描くBBC制作の新ドラマ『Blue Lights』 

BBCにて2023年放送された警察ドラマ『Blue Lights』。地元ギャングによるドラッグビジネスが影を落とすベルファストの日常と非条理に新米警察官が立ち向かう。イギリスでは、また警察ものですか?という声もあるが(本当に警察ものが多い…)不動の人気を誇る『Line of Duty』と並び最近話題のシリーズについて需要はなさそうだが書いていく。ネタバレあり。

あらすじ

 
ベルファストを舞台に、北アイルランド警察に入局したばかりの新入り3人が、試用期間の残り2カ月を前にして、日々の任務を遂行していく姿を描く。元ソーシャルワーカーで40代前半のシングルマザーのグレース、パーティー好きでプライベートでは警官であることを隠すアニー、"ファストトラック" に応募し、真面目で勤勉だが不器用なトミーの3人を主人公として、物語はベルファストの犯罪者と向き合う彼らの葛藤と人間関係に焦点を当てる。

警察は"bucket man" のようなもの

警察とはなんなのか。これまでの警察ドラマでも散々擦られたであろうテーマはこのシリーズでも問われる。このドラマは新米警察官の眼を通して視聴者にその問題を押し付けがましくなく体験させる。

シリーズ内で警察はpeelerと呼ばれ、現場に駆けつけると、常に若者たちに囲まれ、怒号を浴び、物を投げつけられる嫌われ役だ。命を助けても、住民には自分達の敵だと思われている。

エピソード2ではグレースの指導担当であるStevieは、自前のgravadlax(サーモンを塩、砂糖、ディルでつけた北欧の食べ物)を食べながら、blues(コカイン、エクスタシーと共に売られる抗不安剤、ジアゼパム)を摂取し倒れた親を持つ幼い姉妹に何もできないことに幻滅するグレースに対して、自分達の仕事をこう形容する。

I'm a bucket man. 
"俺はバケツ持ちのようなものだ"

Society is this big, Olympic-size swimming pool. But it's not full of water. It's full of shit. And we all live underneath it. 
"社会っていうのは大きなオリンピックスタジアムのサイズのプールみたいなものだ。でもそこにあるのは水ではなくてクソ。で自分達はその下に暮らしている"

But unfortunately pool is cracked and opened and the shit keeps pouring down. 
"ただ不幸なことにプールはひび割れ、穴が空いて、クソがずっと垂れ流されている"

And everytime shit runs out, I go there with my bucket. I catch the shit. I patch it up with a little bit of masking tape. Hopefully that holds the shit in for a little while. Then I run onto the next crack with my bucket and catch more shit. 
”その度に、バケツを持っていてクソを受け止める。マスクキングテープで穴を塞いで、少しでもそれが止まることを願って。そしてまた次の穴に駆けつけて、クソを受け止めるのさ”

雨漏りで垂れてくる水をバケツで受け取るように、バケツでshit (ここでは犯罪の比喩) を拾い続けるのが自分の役割だと皮肉たっぷりにつきはねる。まさに臭いものに蓋をすることが警察官の仕事であると。

ただのConstable(巡査)であり、probation(使用期間)中のグレースと、自分の職について穿った理解を淡々と語るベテラン刑事のStevieとの態度の対比が、よりいっそう警察官として根源的な問題解決を提示することのできない無力な様子を際立たせる。

警察の"ダブルスタンダード"

この物語の初めからキーワードとしてOOB(out of bounds)がある。OOBは管轄外という意味で、地方警察が対処する範疇ではない事件や、それに関わる対象者を指す。新人たちは自分達が手を出せないハイレベルな意思決定者の手によって作られる職権の聖域に困惑し、苛立つ。この見えない職権の壁を理由に彼らは見て見ぬふりをせざるを得ないのだ。そんな警察官たちを苦しめるダブルスタンダードがこれでもかてんこ盛りなのが今回の作品だ。

物語途中、アニーは誰かに脅迫されていることを知り、母親との共同生活を諦め、グレースの家に転がり込む。自分のスポーツクラブの人たちにも職を明かさず、しかしグレースの私生活に甘えるしかない。私生活にも支障をきたすこの仕事。警察は市民を守という建前、身内のメンタルケアはおろそかだ。

トミーはドラッグを使用している青年を現行逮捕するも上司から日常だからと見逃せと言われる。一方で、グレースの子供は黒人であるという理由だけで、呼び止められ、小競り合いになり署に連れて行かれる。やるべきことを放棄することを選び、社会のマイノリティの居場所をなくす手助けをするというダブルスタンダード。しかし取り締まるだけでは巨大なシステムを変えることはできないと悟った警察官たちはこうして多忙な自分に息つく暇を与える。

そしてシリーズの山にMI5の職員が警官を見殺しにするシーンがある。警察署の同僚たちは悔しさを滲ませ密偵たちを渋々釈放することになる。

ルールが存在し、警察官はプロトコルに縛られている。その中でも現場での臨機応変な対応で、職員不足を補っている毎日だが、彼らはこのような自分達ではどうにも変えることのできないダブルスタンダードの首輪を嵌められているのだ。

"見てみぬふり" によって再生産される犯罪

なくならない諸問題の数々。このドラマでは見て見ぬふりをすること、首を突っ込まないこと、黙っていることがギャングがビジネスを続けている社会を作っていると暗に語りかける。警察の沈黙と忖度がもたらす因果は、はてしなく深い。

前半の盛り上がる一つのシーンに、ドラッグの運び屋の少年がkneecapping(落とし前として銃で足を打つこと)されるシーンがある。少年は他のディーラーからもbluesを入手していることがバレてしまい、punishment shooting(裏切りの罰として銃で襲うこと)をされることになってしまう。親は逃げるのではなく、彼に鎮静剤とウィスキーを飲ませ、ギャングが彼らの家に来るのを待ち、息子を差し出す。警察に何があったか聞かれてもダンマリを貫く。

日々に記録されない社会の歪みもまた見て見ぬふりをされそこに存在し続ける。
トミーの指導教官であるジェリーは、幼馴染のハッピーという知り合いがいる。ハッピーは幼い時にジェリーとChippie(俗にフィッシュアンドチップを売るお店)にいくとき、車内で待っていた父親と兄をcar bombmingでなくしてから、不安障害を抱えている。彼は一人になりたくない時に問題を起こしてわざと捕まろうとするが、警察はまともに取り合わず、すぐに保釈する。精神科など助けが必要な一般市民を救うことができない警察官と手の行き届かない福祉システムの問題点を仄めかす。

目の前にはたくさん問題があるのに解決する術がない、いつしか放っておいて、問題が起きた時だけ、取り繕うことで自分を納得させる警察官の葛藤が滲み出る。


あくまで日常として描くこだわり

最近の海外ドラマにもらずsocial commentary (社会評論)の要素がもれなくある本シリーズだが、おしつけがましくはない。警察ドラマあるあるの諸問題を描きつつ、日常のディテールにさく尺は長くかつ丁寧だ。

例えばこのようなシーン。

ドラッグはeスクーターに乗る15歳の少年によって、まるで牛乳配達のように、早朝、一般人の玄関まで届けられる。彼らが買っているのは前述のblueとcoke(コカイン)。Class 1 pharmaceuticalsと呼ばれるこれらの薬物の消費者はほとんどが一般人だ。ドラッグは気軽に買え、若者からお年寄りまで誰でも関わる日常のほんの一部に過ぎないとさりげなく触れる。

そしてベルファストでの差別。グレースの17歳になる子どもは黒人の血が入っている見た目をしているが、コンビニでお菓子を買うときに、店員からバッグの中身を見せろと盗難を疑われる。またシリーズ後半では、一緒にいる白人の友達ではなく彼が挙動不審だと職質される。

そしてグレースが同僚警官を嗜めるシーン。Punishment shootingではなく、より被害者のstigmaを仄めかさないparamilitary assualtという言葉を使えという。ソーシャルワーカーとして被害者に寄り添ってきたグレースだからこその発言だ。さりげなく警察が使う言い回しに潜む、被害者を蔑む言葉づかいを変えていこうという昨今の差別用語についての意識についても忘れない。

大きなテーマにも触れつつ、北アイルランドの社会にある差別や偏見、水面下で起きている社会規範の変遷について、さらりと考えさせる内容となっている。

まとめ

BBCに溢れかえる警察ものドラマの中でも、アクションの少なさや派手さがなく地味な作品とも捉えられるが、上記の通り多種多様なテーマ、過去10、20年の北アイルランドの社会状況を丁寧に掬った上質な作品とも言える。次のシーズンでさらに成長した新米警察官たちの姿を拝みたい。

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