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田近夏子個展「二度目の朝に」インタビュー【前編】

この記事は田近夏子個展「二度目の朝に」のために事前に行われたインタビュー記事【前編】です。

【作家】田近夏子(写真家、以下T)
【聞き手】篠田優(写真家、Alt_Medium共宰、以下S)

〔作家プロフィール〕
田近夏子 / TAJIKA Natsuko
1996年生まれ、岐阜県出身。
2019年東京工芸大学芸術学部写真学科 卒業

2018年に開催された塩竈フォトフェスティバル写真賞に於いて大賞を受賞。
2020年自身初となる写真集『二度目の朝に』を塩竈フォトフェスティバルより刊行。

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篠田(以下、S):まず、田近さんは東京工芸大学在学中に塩竈フェスティバルのグランプリを受賞して、さらに今回が初めての個展開催ですね。
塩竈フォトフェスティバル大賞受賞後、それ以外のコンペティションに参加することもなく、大学の卒業制作展以外での作品発表はない。世間の人からすればいい意味で謎の存在です。

その間、写真集を作ることに集中したことで、受賞後その存在が人目に触れることがあまりなかったのでは?とも思います。なので、今回初めて田近さんの作品と出会う方々に基礎的なことをお伝えすると作品や写真集を見るときにその世界に入りやすいと思い、こうして話す機会をもうけました。

いきなりですが今回の写真集、『二度目の朝に』を一足先に拝見しました。僕はこの写真集を見て、まるで一編の詩的な前衛映画をみているような気がするほど、とても良い写真集だなと思うと同時に、難解な写真集だとも感じました。また、同時にこの写真集はとても私的なものにも思えます。
だからこの写真集を何も知らない状態で読み解こうと思うと、どうしても自分の感覚だけを頼りにしないといけないところもありました。それはそれでもちろんいいのだけど、こうした機会を持つことでもう少し、この写真集を読み深めるためのきっかけを見つけたいと思っています。

前置きが長くなりましたが、まずこの本のタイトル『二度目の朝に』にはどのような意味があるのでしょうか?

田近(以下、T):この作品は、私が3歳の頃に祖父がお風呂場で亡くなったんですが、ある夏その同じお風呂場で愛犬も死んでしまったという出来事をきっかけに制作をはじめました。正確な話をすれば祖父と愛犬が亡くなったのは朝ではありませんが、私は朝方や早朝に感じるジメッとした湿気と、単なる直射日光ではなく正面の家に反射した光が入ってくるお風呂場に、すごく生や死を感じるなと思っていて、それで、タイトルは「二度目の朝に」となりました。

S:今、朝について話してくれましたが僕はこの写真集の中では夜のイメージも効果的に入っているように思いました。枚数として多く入っているわけではありませんが、特にこの子供たちが屋根に登っている写真。まるでこれから部屋を襲撃するかのようにも見えます。田近さんにとって朝への印象が強い分、逆に夜を強く打ち出したようなこうした写真には意味があるのでしょうか?

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T:夜に着目して選んだつもりはあまりありませんでした。
なんか今思うとすごく沈んでたなって思うんですけど、本をつくっている時はなんかそうじゃなくてフラットにつくっているつもりだという気持ちで作っていました。

S:そうなのですね。でも僕が写真集全体で感じたのは明るいとも暗いとも思いませんでした。まさに今田近さんが言ったフラットさというか、平静、平熱だなという印象を受けましたよ。

T:親から愛犬が亡くなったと連絡をもらった時、私は泣くとかそういう感じではなかったんです。おじいちゃんが亡くなった時も私は3歳だったので、まだ死というものをあまりわかっていなくて「おじいちゃんどうかしたのかな?」くらいの気持ちでした。その時の、「無」というか何もない、平熱な感じがずっとあったのかもしれません。

S:今回の作品は、最初から何かテーマがあって、撮影をはじめたのでしょうか?

T:テーマがあって作りはじめました。というか、愛犬が亡くなった後に撮り始めたものがほとんどです。だから祖父と愛犬の死をきっかけに私がずっと考えていたことを書いたし、そうしたことを思いながら撮影していたと思います。
亡くなったことを聞いた時の「無」という感じや、その後に悲しい気持ちはあるけど、でもちゃんと食べるし寝るっていう自分がそれ以前と変わりなく淡々と普通に生活をしていて、その日々や、日常に、生きている進んでいるという実感と、流れていくイメージが唐突にあって、それを思いながらずっと写真を撮っていた気がします。

S:それはつまり愛犬の死をきっかけに意識的に一つの作品にするぞっていう気持ちが湧き上がったということでしょうか。

T:そういう感情でしか撮れなかったかもしれません。そのことをずっと頭の片隅で考えながら撮っていたというか、引き離せなかったというか。

S:大切な何かがなくなっても自分の日々は続いていく、という事実を意識化していきたい。それがテーマということでしょうか。写真には日常がテーマとなっている作品は多くありますが、田近さんの今作の場合は日々撮っていた写真の中から「日常らしさ」を選び構成したということではなく、愛犬の死をきっかけに日常をただ漫然とすぎていくものとして捉えず、少し距離を持ち、眺めることで「日常のようなもの」を捉え直していきたいということだと僕は思いました。

T:そうですね。意識化するって言うほど強いものでもありませんが、こんなもんなんだなあ、と感じたままを見せたような気がします。
今回っていうのもあれですけど、今作での制作方法は私が大学在学時に作ってたものの中ではかなり異色でした。

写真集について

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S:この写真集の中で気になったものについて、ある意味この作品においてきっかけとなっているお風呂場の写真が最初の頁と、最後から一つ前の頁にもう一度入っています。この二枚が撮影されたのは時間的に離れているのでしょうか?

T:時間的な離れはないです。

S:同じ時に撮った二枚の写真を一つの写真集の最初とほぼ最後に置くというのは重要な意味を感じます。それは先ほどの話からあった、お風呂場での出来事が作品を制作するにあたり大きな意味を持っているからだとも思えます。
この写真集を制作するにあたり、田近さんは本という形をすごく意識していたということですが、最初からお風呂場をキーカットにしようという考えはあったのでしょうか?

T:本当に最初の段階では私情は話さず、自分の中に死があってっていう漠然とした中でつくろうと思っていました。ただそれでは伝わるものがなく、難しすぎるなと途中で思ったんです。
そういう意味では、ページをめくることを意識してその中でストーリーを組み立ててしまったかもしれないです。

S:それはつまり本という形に則して物語を編んでいったということでしょうか。
塩竈フォトフェスティバルは参加する時もブック形式で応募するので、その意味でもこの作品は最初から本という形で一編の物語のような形式は重要だったということですか?

T:そうですね、本になることで、私はこのテーマを表現できるかなと思いました。

S: 影響を受けた作品はありますか?写真だけじゃなく、漫画でも小説でも。もちろん写真でも構いません。

T:この作品を制作している時は、絵本を立ち読みしていました。それはまず、自分の私情をおいといて、本という形にするにあたってできるだけ簡単にしたかったからです。だから子供でもわかる文章で伝えたくて。それから、絵本独特の空気感、例えば子供用の絵本なのにゾッとするような怖さがあったり、ちょっと宙を浮いているような感じがすごい好きで。

自分もこの作品に対してあまりはっきりとした言葉では伝えにくい感覚があると思っていて、それと絵本の空気感はすごく近い感じがしたんです。

S:確かに絵本って、一見すればそんな難解なことではなく、とてもシンプルに作られているけれども、何度でも読めるものというか、そういう感じがこの写真集にもあらわれている気がします。
その頃は絵本だったらなんでも読んでみようと思ったのでしょうか。それとも特定のものがあったのでしょうか?

T:大体はタイトルで選んでいましたが、主に読んでいたのは保育園の年長の子たちが読むくらいの絵本です。ファンタジー系や冒険もの、絵が凝っているものが好きで見ていました。

S:「よし、絵本を参考にしてみよう」という発想はいつ起こったのでしょうか。

T:普段から本屋さんに長時間いるんですが、この作品を制作しているときは、ハッ!と思わされるようなものごとがたくさん自分に入ってきたんです。私は本を一冊、一冊読み切ることは苦手なんですが、本屋にはいつまででもいられて、その時にたまたま目についたのが絵本でした。その時にしっくりくるなっていうか。

S:ただ、絵本っていうのは起承転結がはっきりしがちなものだと思いますが、田近さんの写真集は、そうではないですね。つまり絵本から読み取ったことはかなり独特なフィルターがかかっていると思います。

T:すごい、感覚的な部分が多くて。

S:感覚的に絵本の構造みたいなもの、というか絵本の絵本らしさみたいなものをそのまま受け取ったわけではなく、ある意味少し距離をもって把握して、自分にとって必要な要素を吸収していったという気がします。
こうしたことが誰にでもうまくいくかと言われたらそんな気がしませんが、こうしてこの写真集ができたということは、絵本を読むことはこの作品にとってとても必要なことだったんだとわかります。

T:あとは、ずっと好きなんですけど、川内倫子さんとか見て、写真の順番とかは参考にしました。

S:川内さんのどの写真集が好きですか?

T:『AILA』(リトルモア,2004)と『うたたね』(リトルモア,2001)です。

S:昔から好きなのですか?

T:大学入ってすぐくらいから好きです。最初は光とか、好きだなと思っていたんですが、その中でもグロテスクなものがあって。
でも、あんまりこういう言い方はしたくはないけど、女性らしいグロテスクな感じがするっていうか、なんかグロテスクのキワみたいな、絶妙なライン。

S:世間一般で言うグロテスクなものではないってことですよね。よくよく考えてみれば不気味なものであるというか、嫌悪を覚えるようなものも一見するとそうは見えないように撮られているということでしょうか。

T:そうですね、あのひりっとする感じが好きですね。

S:実は『うたたね』は僕も好きなんです。初めて見たのは写真を始める前でしたが、いい写真集だなと思っていました。それと、当時3冊くらい一緒に写真集を出していて流行していたというのもあると思います。当時は何が良いかはっきりとわかってはいませんでしたが。

T:なんかいいですよね。

S:そう、なんかいい。『うたたね』は今見ると、本としても、作品としてもすごいなって思います。

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