米国投資用不動産市況についての記事ザッピング①

2023年5月23日 日経新聞 商業用不動産融資、リスクの誤解と真実

まとめ

  • 米商業用不動産価格は低下が続いている。金利上昇→資産価格低下→リファイナンスできないため売却→ファイアーセールによる信用崩壊の懸念あり。

  • しかしLTVは65~80のレベルで、リーマンショック時ほど高くはない。

  • CMBSの優先部分は劣後部分のバッファーにも守られており、特に2010年以降に組成された案件は「CMBS2.0」と称され、保全が強化されている。また不動産に対するローン満期と、それを束ねたCMBSの満期との間にはテール期間という猶予期間があり、ローン満期は直ちにファイアーセール発生を意味しない。

  • 商業用不動産ローンは固定金利であり、リファイナンス時期が到来するまでは金利上昇の影響が大きい。

  • 不動産融資に注力していたのは中小銀行であり、大手銀行のポートフォリオに占める割合は小さい。

感想

マネックス証券大槻奈那さんの総括的な記事。ちなみに著書の"本当にわかる債券と金利"は債券について肝心なところを網羅しているにも関わらず読みやすくおすすめ。
最近"商業用不動産がピンチ"というヘッドラインをよく見るが、"リーマンショックの再来だ!"はやや解像度が低い。

アセット価格が低下する要因を金利要因ファンダメンタル要因に分けて考えてみると、金利要因はいわばアセット全般に対する全方位攻撃であり、これにより2022年のアメリカの商業用不動産価格、Open-Endファンド、上場REITなどに大きな影響をもたらした。まだ底は見えないものの、ようやくFEDの金融引き締めも出口が見えつつあるか?といった状況。
ファンダメンタル要因に関しては、今のところアメリカで本格的にファンダメンタルがまずいと言えるアセットはオフィスであり、それ以外のインダストリアル(物流施設)やマルチファミリーなどはインフレ上昇率を上回る賃料上昇率である。加えて"商業用不動産"のユニバースに占めるオフィスの割合は日本ほど高いわけではない。
つまり、金利要因は確かに懸念であるもののリーマンショックの時のようなシステム崩壊の懸念は低く、一方でファンダメンタル要因はオフィスが明らかに悪い状況。ただし、オフィスは「商業用不動産」のうちの一部を占めるに過ぎず、オフィス崩壊を持って全体の崩壊を表すわけではないという点には注意。

2023年5月19日 日経新聞 米中古住宅価格、下げ止まらず 4月1.7%下落

まとめ

  • 全米不動産協会(NAR)が18日発表した4月の中古住宅販売価格(中央値)は前年同月比1.7%下落

  • 1〜3月はカリフォルニア州のサンフランシスコやテキサス州オースティンなど、コロナ禍で価格が上昇した都市ほど下落が目立った。

  • 4月の在庫数はコロナ前の19年4月比で43%少ない。約3割の住宅が売り出し価格を上回る水準で成約

  • 全米の住宅市場の約9割を占める中古物件の在庫不足を受けて、新築の需要は高まっている。

  • 住宅市場の先行きについては見方が分かれており、ゴールドマンサックスは価格が下落すると見ているが、Zillowは上昇すると見ている。

  • 金利高に加え、住宅ローン自体が受けにくくなっていることも不透明感

感想

最初の記事は商業用不動産の話であったが、こちらは居住用不動産の話である。日本で分譲マンション価格と投資用不動産の価格が必ずしも連続しているわけではないのと同様、これらの2つのマーケットの影響の波及は必ずしも連動しているわけではない点には注意。

住宅市場の先行きについては見方が分かれているという点は興味深い。ゴールドマンサックスは金利上昇や住宅ローンが厳しくなっている→価格下落という金利要因を重視して価格が低下するとしたが、米不動産テックのZillowは需給逼迫→価格上昇というファンダメンタル要因を重視して価格が上昇すると考えている。

金利要因とファンダメンタル要因、どちらが強いのか?は非常に重要な論点。アメリカは金融緩和により2021年株価が上昇し、2022年金融引締により株価が下落した。つまり2021年と2022年は金利要因という「早い経路」に駆動されたわけだが、2022年後半頃から金利からやや遅れファンダメンタル要因という「遅い経路」が価格に影響を及ぼし始め、それが最も顕著に現れたセクターがオフィスというわけである。

2023年5月23日 bloomberg ブラックロック、プライベートクレジット選好-銀行業界混乱で

まとめ

  • ブラックロックのストラテジストは22日のリポートで、「プライベートクレジットは、銀行が一部融資から撤退して生じる空白を埋める一助となり、投資家に魅力的な利回りを提供できる可能性があると考えられる」と指摘

  • シリコンバレー銀行(SVB)の破綻やクレディ・スイス・グループの救済合併を機に融資条件が厳格化される中で、プライベートクレジットは活況を呈している。

感想

リーマンショックを経て国際的な金融システムの安定を目的にバーゼルIIIが制定され、銀行による融資割合が低下し、その間隙を埋めるようにプライベート・デット・ファンド(ダイレクト・レンディング)が台頭してきた。銀行以外の貸し手ということでシャドーバンキング(影の銀行)とも言われている。

直近不動産エクイティのオープンエンドのファンドの解約が上昇し、未だキャピタルゲインがマイナスを記録し続けている中、不動産デットファンドが注目を集めている。
変動金利のデットファンドだとキャピタルゲインはない代わりに、現在の高金利の水準にリスクプレミアムを加えた安定的なインカム収益を確保することができるため、今のようなFED金利が5%を超える状況下、エクイティクッションを確保し、かつ一桁後半のリターンを確保できる投資機会は優位性が高いということである。

デットファンドは、銀行よりも融資に関する規制が緩いことから、例えば銀行がシニア部分しか出せないところメザニン部分を出したり、より柔軟なコベナンツを設定したりと、条件が硬直的な銀行に対して優位性を発揮していたが、2023年4月17日 米SEC委員長、ヘッジファンド監視強化必要と指摘=FTの記事にあるように、米証券取引委員会(SEC)がこうしたシャドーバンキングに対して監視を強化するべきといった姿勢も見せているなど、シリコンバレー銀行の破綻等を受けて厳格化される可能性がある。

2023年5月2日 MSCI The Pool of US Commercial-Property Lenders Shrank

まとめ

  • JPMによりFirst Republic Bankが買収されたが、これにより不動産融資プレイヤーの寡占が進み資産価格に影響を及ぼす可能性がある。

Top commercial-property lenders in the US

感想

記事内容に特筆すべき点はないが、Commercial Property Lendersの具体的な顔ぶれは興味深く、Wells FargoやJPM、BoAなどのメガバンクが上位を占めているが、CBRE, JLLといった不動産系会社が上位に入っているのは面白い。
日本のJLLやCBREはレンダーとしての馴染みはないが、例えばアメリカではJLLCBREはファイナンスサービスを提供しているようだ。無論部門間にウォールは設けているんだろうが、サービスカバレッジは不動産総合ベンダーというだけのことはあるようだ。
しかし日本のメガバンクも淘汰を経て3行に統合されたように、ショックを経て淘汰され、生き残った銀行がより強力になるというのは世界共通の現象のようだ。

2023年5月19日 IPE Real Estate Global Conference: Investors play waiting game and look to debt markets

まとめ

  • 2024年は投資が再開される年になるだろうが、2023年中は手探りの状態が続く。取引の再開に当たっては売手と買手のギャップが縮まる必要があり、金利上昇がそれを加速させる可能性がある。

  • 金利が高止まりを続けるとLTVが突然上昇し、インタレストカバレッジレシオ水準が厳しくなり、レンダーから売却を強いられることになるのは時間の問題。

  • 投資ができずドライパウダーが溜まってしまう状況に対応するべく、投資家はレンダーになるのが一つのソリューション。つまり不動産デットファンドへの投資。

  • 不良債券をもたらす可能性はあるが、賃料や稼働率といったファンダメンタルは極めて好調。

  • 確かにディストレスト投資のチャンスではあるが、セクターには十分注意。特に米国オフィスはシクリカルな変化と構造的変化が同時に起こっており、世界で最も苦境に立たされているセクター。GFCより厳しいかもしれない。

  • 欧州と米国はいずれもマクロ環境は厳しいが、米国は投資とExit機会があるという点で米国がまだ有利という見方と、ファンダメンタルという点で欧州がより安全で堅実で、ボラティリティが低いという点で有利であるという味方がある

  • 今後オフィスはESG対応のために資本投下がなされたビルとそうでないビルとで二極化することになる。今後数年間は運用会社は保有する資産を整理し、残すものに資本投下をすることだ。

感想

多くの不動産ファンドマネジャーは「ファンダメンタルは問題ない」ということを言っている(無論ポジショントークもあるのだろうが)。上述した通り、現在は金利要因とファンダメンタル要因のせめぎあいの最中であり、金利要因の圧力に耐えられなかった地方銀行はいくつか苦しい状況になるだろうが、それはまたディストレス投資を行うファンドにとっては絶好の投資機会とも言える(例:ユニゾに融資したローンスター)。
しかしアメリカはまだまだフォーリングナイフな状況ではあるものの、不動産融資に傾斜しすぎた地方銀行が淘汰され、不良債権がディストレス投資家に買われて所有権を取られ、セクターの転換が起こり…と激しい新陳代謝が起こっており、新陳代謝が乏しく淘汰が起こらない日本とどちらがマシなのだろうか…と完全に資本サイドの目線だが、思ってしまった。

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