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ごま

(やばい、めちゃつまらなそう)

梅雨中7月上旬、
コロナで開幕が遅れたホーム有観客、初戦。   
いつ雨が落ちてくるか知れない天気、

コンクリート打ち抜きの座席に座らされた彼女は、ラフィアの帽子に日除け手袋、
サングラスにマスク。
差していいのかどうかわからない傘を傍らに置き、まっすぐにピッチを見据えたまま。
たまにマスクを外してペットボトルの水を飲む。
表情は見てとれないけど
キックオフ前、
ここに座って20分、まだ一言も発していない。

「会社でくれるタダ券だよ、観に行こうよ。
 だまされたと思って。
 総務はみんなに声かける前に
 体験してないとさぁ。」   

地元チームがJ3に昇格した。         

会社にもらったチケットが届き、
サッカー好きに託された。           
地元といっても80Km離れたスタジアム、
高速を走って1時間半。       
休日の16時開催。

(絶対、だまされたとおもってる。)

テニス観戦の趣味がある同僚、ごま。
誘ってみたけれど、サッカーにはまるで興味がなく
知っている選手といえば、
ワールドカップに出た日本代表の
しかもニュースで名前を連呼される選手くらい。

「J3でしょ、3部?
 J1より2つも下なのよね。」        

「チームにはあの駒野がいるよ。」 

「コマノ?•••有名?」             

 • • •そうだ、イケメン好きだった。

ハーフタイムを含む105分。

能面のほうがまだ笑ってると思うくらいに過ごした試合は1ー1で引き分けた。

試合終了の笛が鳴った瞬間、
「どこがおもしろいのかさっぱりわからない」
とだけ言い、
帰り道は自分の好きなジャニーズの話をしていた。

サッカーの話が出る雰囲気はまるでなかった。


過密日程。

一週間後の再びホーム戦。      
奇跡的にごまはやって来た。          
前回と同じ様子で。              
今回は
差したくてたまらない日傘と首に巻いたストール、簡易扇風機に2本に増えたペットボトル。


なんてったって彼女は責任感が強い。

ノルマのタダ券を消化するのに
「人にあの拷問をお願いできない」と考えた。

あんなに走り回って1点しか入らない、
しかも勝てないチームの応援に
この暑い中、他の人を駆り出すなんてできない。

イケメンもいないのに。

「受け入れられるわけがない」

真っ直ぐに伸ばした背中が今日もそう言っていた。


この日、
前回とはひとつ違った。  

ハーフタイムに
「前に出てきてるのは監督さん?外国の人?」
とボソッと言った。 
          
「!」                   

「そうだよ!
 今シーズンから来たスペイン人の監督さん!」

「へえ• • •。なんかずっと怒られてるの?
 タクミやワタルって選手。」 
       
「うーん、
 なんで名前呼ばれてるのかはよくわからないけど。」  

「ふうん• • •」

チームは1ー0で勝った。

その後、
ホームでなかなか勝てない試合が続く。
1点を取っても引き分けてしまう。


今日もスペイン人監督リュイスは
「たくぅみ、ワタルぅ!」
とタッチライン横で大きく手を振り上げている。

それに応えるようにタクミはダッシュし、ワタルはタックルする。

あまりに何度も呼ばれるのと、その独特な発音に
ごまはクスクス笑った。

「また、名前呼ばれてるね。
 なんかおもしろい。
 ワタルって42番の選手なのね。」

どの試合でも、
ワタルは右サイドを何度も上下し、そこここに顔を出す。

自分より大きな選手の行く手に立ちふさがり、
ゴール前、誰もいなくて危ないと思った時に
どこからともなくやってきてスライディングして
相手を止めた。
全身で投げ込むスローインはよく伸びてチャンスを作り、クロスを上げ、
何度か強烈なミドルシュートを放った。 

「ディフェンダーって
 守ってるだけじゃないのね。」

試合後、
挨拶に来た選手に拍手が送られる中、
気づけばごまも手袋を取って拍手していることが多くなった。

そのうち、

強く誘わなくても当たり前にホーム戦に来るようになり、
キックオフ2時間前にスタジアムに来ることも平気になったし、
ガチャを回すこともとがめなくなった。
むしろ何番が出るかを気にするようになった。

「今治の選手は写真写りが良くない」とボヤき、
駒野選手のクロスには全幅の信頼を寄せている。

応援団と共に叩く手拍子に力強さが増し、
我がチームの選手がファウルされると怒る。

そして、そんな変化を仲間にいじられても
口をとがらせて嬉しそうにしていた。


「この前ゴール決めたマサミチとワタル、
 同い年なんだ。」

もう何試合目のホーム戦かわからない。

原田選手から林選手へ見事につながったパスについて少し興奮気味に話し、

「良いコンビだと思わない?」

と自分が見つけたコンビを讃えた。

誰が見てもサポーターと化したごまは、
背番号42のユニフォームを着て〝42〟の数字に反応する。

ワタルが42番をつけている理由だって
もちろん知っている。

Jリーグ初挑戦のこの年、チームは7位だった。


翌年、
観戦に万全を期すため
ごまは公式ポンチョとベンチコートを備えた。

今年こそはと臨んだFC今治の2年目は、
2度の監督交代を経て
終盤巻き返したものの11位に終わる。

J、2年目ホーム最終戦は3ー0、
珍しく大量得点で快勝。
ホーム3連勝で締めくくった。

1点目は
ワタルが起点のロングパスから
いくつかパスを繋げて、地元出身の近藤高虎選手が左足のキックで決めた。
2点目は
同じく地元今治出身、高瀬選手とのワンツーから
ワタルがゴール。

いつになく派手なガッツポーズで歓びを表し、
引退を決めていた大先輩、園田選手と抱き合っていた。


苦しんだ年、
謝恩会が終わったあとの
クリスマスの日、

ワタルのJ1、鳥栖への移籍が発表された。


『FC今治に関わるすべての皆さんへ

この度、サガン鳥栖へ移籍することになりました。3年間応援してくださった皆さん、
ありがとうございました。

大学卒業時、進路が決まっておらず、
最後の望みとしてFC今治のセレクションに挑戦しました。
あの時、FC今治への加入がなければ、サッカー選手としての自分はいません。
セレクションで選んでくださった関係者の皆さんには心から感謝しています。
1年目には、JFLからJ3へ昇格し、FC今治の歴史的な瞬間に立ち会えてとても嬉しかったです。

•••••••••••••( 中略)••••••••••••••••••

自分をプロサッカー選手にして頂いたこのチームに結果という恩返しができないままチームを離れることは心苦しいですが、サッカー選手として更に成長するために、新たな舞台でチャレンジしてきます。

サガン鳥栖でも自分らしくプレーしてきます。  いってきます!

            原田 亘  』

この時
ごまがどんな気持ちだったかはわからない。

周りから
「ワタル、すごいやん。でもちょっと残念ね。」
と言われて、いつもと変わらず
「そうなのよ、すごいのよ。ワタル。」
と言ってはいた。

ワタルがいなくなって今シーズン、
ごまは応援に来なくなるかもという周囲の心配をよそにホーム戦にやって来ている。

今治のTシャツを着て。

昨年同様、
今治の選手にタックルしてくる相手選手には文句を言い、
今年はゴール裏での応援デビューもした。
声出し応援も楽しむに違いない。

ただ、ガチャはしないし、
連休のホーム戦には来ないことがある。

J1の試合がある日。

翌日、「勝ったね」というと
ガッツポーズして「行ったよ」と言った。
見たことのない
42番のキーホルダーをプラプラさせて。


2年前、
ごまがスタジアムで初めて見た
1ー1で引き分けた試合。

FC今治がJリーグ昇格後に決めた初めての得点は、
今はJ2、ツェーゲン金沢にいる
林誠道が決めたヘディング。

その右クロスを上げたのは原田亘だった。


「今見返すと、
 めっちゃおもしろい試合だったんだよね〜」

ごまはJリーグのスケジュールを検索しながら、
今治と鳥栖の順位が上がったことを確かめて
満足そうに〝42〟のスマホケースを撫でた。


今年は少し色の薄い42番ユニを持っています。

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