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一番高価な本

   これまで買った中で一番高い本はと、問いを出されたことがある。さて何であろうかと考え込んでしまった。新刊本で買ったうちで一番高い本ならわかる。本の裏表紙を見ればそこに値が書いてあるからである。ところが古本を含めると判断に困ってくる。
 古本には大概、最後のページに値段が書いてあるものだが、ときとして本に書き込みをしたがらない店側の方針なのか、あるいはこの本は売値を店側で統一してあるのか、全く値を書いていない古本がある。こうなると、いちいちレシートを保存していないので、今のところ我が家にある全ての本でどれが一番高価なのかわからない、ということになる。
 全集ものをひとまとまりとみなして、それも含めたらと質問をされたら、躊躇なく2021年に完結した岩波版『漱石全集』全29巻を挙げる。これは簡単である。一冊の本で新刊としてということになれば、松村幸一『一六世紀イングランド農村の資本主義発達構造』、思文閣出版、2011年、である。税抜き14000円。単純に、これが一番高い。お堅いな、と言われるかもしれないが、社会人になっても大学時代の学的興味が続いており、高いなと思いつつ、買ってしまっていたのである。
   この程度か大したことはないなと思われるであろうが、私は根がドケチで、本は大半が古本屋で安売りしているものばかり選んで買ってきた。専門書も定価で買ったことはほとんどない。プレミアがつく本はまず買ったことがない。買いたい本があっても値段を見て、はあとため気を付く。それを繰り返してきた。私にとってはまず生活ありきであり、それが成り立たなければ本もなにもあったものではない、そんな生活をずっと営んできたのである。
 ただし、一冊だけ、生活の事を優先せずに買った本がある。デヴィッド・マクナリーという、おそらくカナダ在住の経済学史研究者による洋書『Political Economy and Rise of Capitalism』である。神田の崇文叢書店という洋書専門店で買ったもので、こちらは税込みで12000円。これまた大したことはないなと言われそうだが、当時の私は大学生活最終年度を送っているときであり、飯代にも事欠く有り様であったから、一か月間昼飯を抜き、必死になってカネをためて買った。あの時は本当にひもじかった。では、何故そんな思いをして買ったのか。別の機会にも記したが、私のちっぽけなプライドがそうさせたのである。当時のゼミナール担当の教授から、「無理して読まなくてもいいんだよ」と嘲りの口調で言われ(たと、勝手に判断したのだが)、頭にきて買ってしまったのである。だから私の中で実質、最も高価な本はこのマクナリーの、ということになるのであろうか。
 しかし「高価」、この言葉の解釈は時と場合によってさまざまに変化するものではなかろうか。値段だけを見て高価と言う場合。値段+、手に入れた時の経済的心的状況。などなど、考えるほどに判断に困ってくるのである。私にとって最も高価な本は何であろうか。回答は今のところ保留にしておきたい。