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My Beloved Guitars

僕は高校1年生の時からバンドを30年間くらいやってました。
自分のバンドではずっとヴォーカル&ギター&ピアノ。
曲はすべて僕のオリジナルでした。
でも茅ケ崎に越してくる時にバンドを解散してきたので
それ以来20年以上もスタジオに入っていません。
でもバンドはなくても、演奏する機会もなくとも
やっぱり、ずっと使ってきた楽器たちは大切なもんでね。
今でも2本のエレキギターとオベーションギターは手元に残ってるんですね。
ギタリストではありませんが、やっぱりそれなりのこだわりを持ってギターを作っていただいたものですから。
オリジナルの特注ギターなので何の価値もないギターなんですけどね。
でも愛すべき僕の愛器というわけです。w

このギター、少々ややこしい生まれでね。(笑)
今日は興味ない人にはまったくつまらないお話なのでご了承を。
(ミュージシャンならわかるけど一般の人にはピンと来ない専門用語がいっぱい出てきますがご了承くださいませ。笑)

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1985年頃。
僕は楽器屋の兄さんだったので、
お店に出入りする色んなメーカーの方や
お客さんであるミュージションたちとの交流がありました。

僕自身もすでに、YAMAHA SJ800から始まって
ムーンのダンカンハムバッカー2発のDGT GOLDTOPとか
エピフォンのセミアコES335とかいくつかのギター遍歴がありましてね。

そんなある日。
お店の倉庫の奥から、なんとESP製のマホガニー・1ピース(!)のクリアレッドラッカー塗装のストラト・ボディが出てきました。
古いものだったので、誰かが特注したけれどキャンセル扱いになって10年以上も放置されてたと推測される代物。
店長と主任に「ください!」って言ったら「いいよ」。
なんというおおらかな時代でしょう。(笑)
本来マホガニーなんてギブソン・レスポールとかでよく使われる木というイメージだったし、しかも1ピースのマホガニーのストラト・ボディなんて聞いたこともなかったし。
でもマホガニー1ピースという内容からしても当時でも少なくとも10万以上はするものだったはず。
あの時代に楽器屋でバイト出来て幸せだったと感謝の日々を今から送ることにします。(笑)
で、そんなラッキーでこのボディを手に入れて初めて、オリジナルのギターを作ろうと思ったのでした。

そんな折り、出入りしているヴァレイアーツのライセンスを持った大阪のメーカーの方に
「今度オリジナルでギター作ろうかなって思ってんねん」というと、
「じゃあ今度ストラト用メイプルネックが200本カナダから入荷するから見にくるか?」とのこと。
僕はメイプルネックしか考えてなかったのでこれは渡りに船。
「ほんまですか?じゃあお願いしますー!」
ということで大阪・難波にあるそのメーカーの工房にお邪魔しました。
輸入されたばかりの大量の未塗装ストラト用ネックの中から、
トラ目が控えめながら綺麗に出そうな木目のネックを2本選ばせていただいたんですね。
塗装は虎目が映えるようにナチュラル・ラッカー仕上げに。
これで大事なボディとネックが決定しました。

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※ 楽器屋のお兄さんだった頃のアロさん。21〜24歳くらい?忘却の彼方過ぎて確定出来ず。(笑)

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さて、次はパーツ。
うちのお店は京都でも有数の楽器屋だったのでプロのミュージシャンの方もよく出入りされてました。
その中のミュージシャンの常連客の1人が、USAフェンダーのヴィンテージ・ストラトの純正ペグをグローバーに換えたいと。
交換後の純正パーツはどうするのかと聞いたら「もういらんけどな」と。
「え!ほな僕もろていいですか?!」
「ああ、ええよ」
「ヤッタ!」
おまけにヴォリュームツマミも別のものに換えられたので
USAヴィンテージの純正ペグと純正ツマミをいただきました。w

さらに別の常連さんで、ケントスに入ってるレギュラーバンドのギタリストの人は、USAフェンダーヴィンテージの純正ブリッジをフロイドローズに、純正ピックアップをEMGに換えたいとのこと。
これも聞くと取り換えた純正ブリッジと純正ピックアップは別にもういらないらしい。
「きのしたくんにやったらあげるわ」。
やったー!またまた交渉成立! w
そんなこんなで、6万円したネック以外の主要パーツをあれやこれやと無料でゲット!
でも裏のプラスティックカバーとネックジョイント金具、Schallerのストラップピンと1プライのピックカバーはちゃんと購入しましたよ。w

そしてここで僕の最大のこだわり。
リアピックアップだけUSAフェンダー・テレキャスターのリアピックアップに変更しました。
そしてアレンビックのブースターを内蔵。
憧れのローウェル・ジョージのストラト仕様と同じにしたんですね。
僕はアレンビックのブースターを常にONで完全に埋め込んだので、アレンビック特有の黒いプレートはありませんけれども。w
ストラトのセンターピックアップとテレキャスのリアピックアップのハーフセレクトで、ネックがメイプル、ボディがマホガニーなので、何とも言えないまろやかでプリッとした音が鳴ってくれます。

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そして同じ時に入手したネックで実はもう1本のちに作ったんですね。
ボディはホワイトアッシュ。
これも倉庫の奥に捨てられていたもの。
そしてこっちのピックアップはEMGに。
アレンビックブースターもちゃんと内蔵してます。
当時ヴァレイアーツ全盛期。
ま、一本くらいEMGを持っといた方がいいのかなって。w

でもこのホワイトアッシュの方はボディが激重でね。
結局ライブでは一度だけしか使わなかったな。
それでもやっぱり愛着のあるオリジナルギターですからね。
今は息子の部屋の飾りとして転がってますけど。笑

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もう彼らとはかれこれ35年ほどのお付き合い。
「 BANANA FEAT(バナナフィート)」というバンド名だったので、
ストラトヘッドには「Feat’s Stratocaster」のネームを入れました。w

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こんななんの価値もないギターの誕生話をなぜ書いたかというと
今になって思えば、こういうことを振り返るたびに
僕は周りの人にたくさん助けられて生きてきたんだなーと実感するからなんですね。
特に、僕の喜びの記憶の外型は、人の好意や優しさで形作られてきたのだな、としみじみ思うのです。
僕はいつも歳上の人たちに可愛がってもらったし、そんな人たちから僕の価値観を作り上げてゆく過程で大きな影響を受けてきたものです。
それでもいつの間にか僕の周りは僕よりも年下ばかりになっていって
気がつけば僕はそいつらの中心になってゆくわけで。
僕がそんな風に与えられてきた恩恵や喜びを、僕を慕って集まってくれてたそいつらに与えて来れたのかな、とちょっとビビる。笑
そうやって何かが巡り巡って、人は後輩たちに何かを伝えてゆくのかも知れませんからね。w

またこれを下げて歌う時なんてくるのかな。
バンドやろうぜ!と意気投合して集まるほどの情熱はもうなかなかないけれど、ちょこちょこと曲をまた書き始めていますから。
もう人生の後輩たちに伝えることはあまりないのですが、
また、いい趣味として音楽に触れられるようにしようとは思っています。



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