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友の会会員が選ぶ「別れと出会いの季節に贈りたい本」DAY.6

misato選:吉本ばなな『ふなふな船橋』

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孤独と幸せの受け止め方

別れと出会いの季節というと、別れるのは悲しいことで、出会いが嬉しいことのように、当然に考えてしまう。もちろん大切な相手との別れを喜んで希望する人はいないと思うが、時には必要な別れや、別れによって際立つ出会いや、別れと出会いを知ることでそれまでの自分とはすこし違う自分になれるなんてことが、わたしの少ない経験の中でも、確かにある。

わたしがそんなこの季節にお薦めしたいのは、吉本ばなな著『ふなふな船橋』(朝日新聞出版)だ。

主人公の花は15歳のとき、母親と別れ、おばの住む船橋での生活を始める。けれどそれは強制的な別れと出会いではなく、母親と(さらに自分は血の繋がっていない新しい家族と)一緒に暮らすという選択肢もあった上で、また母親ともお互いに思い合いながら、本人が選んだことだ。新しく一緒に暮らすことになるおばとも良好な関係を築き、快適に、けれど寂しさや悲しみも傍に在りながら、花は大人になっていく。
時は経ち、大人になった花の、おばとの関係、恋人との関係、互いに良く理解し合っている友人との関係、たまたま住んだ部屋が結んだ、不思議な別れと出会いが、やわらかく優しく、ていねいな文章で綴られる。

そこに生まれたわけではなくて、街に惚れ込んで希望したわけでもなくて、現実的な理由と、偶然が重なった街が、花にとっての船橋という場所だ。わたしがこの本を好きなのは、そういう場所で暮らす花を読者となって見守ることで、たくさんのことを教えてもらえるからだ。
たとえば、一緒に住む人がいても、恋人や友人がいても、その人たちがとても素敵な人たちで良好な仲であっても、孤独は決してなくならないし、それでいいのだということ。毎日毎日ずっと悲しみに苛まれるわけではなく、いいことがあっても、いつでも世界に感謝!という気持ちになれる訳でもないこと。悲しみと希望と切なさと、「これが喜びだよ!」「これが正解だよ!」と誰も教えてくれない、不安と、それによる自由。

物語の中でも、相手の考えることがすべて見えるわけではない。相手が自分のことをどこまでも分かってくれるわけではない。その事実を理解するということは、一人一人が孤独であるということを認めることでもあり、同時に、自分のことも、自分以外の誰かのことも、心から大切にできるきっかけにもなる。
そんな、絶望ではない孤独や不変ではない幸せを、わたしが受け止められる文章で描いてくれたこの本を、わたしは大切に本棚に置いている。

花の親友、幸子が花にかけた言葉で、忘れずに覚えていたいな、と思った部分がある。

だからたまにお誕生日にこうやってみんなを呼んで、大好きな人たちをいっぺんに見て、幸せを確認してるの。そして何回も写真を見たり、こういう日の楽しさを思い出してにこにこするようにしている。ねずみ色の気持ちになるときもあるけど、そういうときはほら、よく考えてみたら日本とか地球とか宇宙全体のトーンが落ちてるときでしょ? だから私の境遇のせいじゃない。そう思うようにしている。

寂しさや悲しさ、落ち込むことは、決してなくならないけれど。嬉しいことも楽しいこともあっという間に過ぎ去っていってしまうけれど。自分なりの受け止め方を知っていれば、どうにかやっていけるような気がする。そうやって暮らしていきたい、と思った。

【この記事を書いた人】misato

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