見出し画像

ALL REVIEWSが単行本発行のきっかけに!~高遠 弘美 × 鹿島 茂、市河 晴子(著), 高遠 弘美(編)『欧米の隅々: 市河晴子紀行文集』(素粒社)を読む~

第48回月刊ALLREVIEWSノンフィクション部門は高遠弘美さんをお迎えし、高遠さんが編集した市河晴子『欧米の隅々: 市河晴子紀行文集』を取り上げます。著者の1931年の欧州旅行を中心に編纂した話題の紀行文。高遠さんさんの編集で素粒社から2022年10月に出版社された本書は、鹿島さんのみならず、豊崎由美さん、スケザネさんなどALLREVIEWSやPASSAGEにゆかりのある方から絶賛されています。
本書が出版された経緯にはALLREVIEWSが大きくかかわっていました。
※対談は2023年1月8日に行われました。アーカイブ視聴可能です。

ALLREVIEWSに再録した「恋文」が出版のきっかけに

高遠さんは2006年、偶然神保町の古本屋で手にした市河三喜・晴子著『欧米の隅々』に心を打たれます。高遠先生は英語学者の市河三喜のことは知っていたが、晴子のことは全く知らなかったそう。それでも、晴子が書いたエジプト紀行の部分を立ち読みし、心を打たれ、本を購入した直後の教授会の最中も夢中で読んだそうです。そして、2008年に雑誌「國文學」に市河晴子に関する、恋文ともいえる文章を発表します。この文章はのちにALLREVIEWSに所収されます。

高遠さんは長年、市河晴子の紀行文が再出版されることを願っていましたが、その願いがかなったのがなんと2022年の年初。ALLREVIEWSの文章を読んだ素粒社さんからの連絡を受け、高遠さんは市河晴子の紀行文の編纂にかかります。『欧米の隅々:市河晴子紀行文集』は晴子が夫の三喜と欧州を回った『欧米の隅々』(※タイトルが「欧米の隅々」となっているのは、原本が三喜が一人で訪れた米国旅行記も合わせ載っているため。晴子が旅したのは欧州のみ)と晴子の単著『米国の旅・日本の旅』から抜粋したものです。なお、原本の目次は本書のP395 に紹介されています。
高遠さんが2008年に書いた文章が2022年に日の目を見たのですから、ネットの力恐るべしです。見つけ出した素粒社の方にも感謝。

渋沢栄一の伝記を書いた鹿島さんも、栄一の孫の市河晴子が文筆家であることは知らなかったそうです。晴子の母、穂積歌子は歌人・文筆家として有名ですが、その才能は娘にも遺伝したようです。

闘牛を書いた文章は随一

鹿島さんは紀行文として素晴らしく、こんな風に書けたら憧れるといいます。特にギリシャとウィーンを訪れた描写は、現地を訪れた時、鹿島さんが感じたことをそのまま書いているといいます。
さらに、スペインで闘牛に関する文章も秀逸で、外国人が書いた闘牛に関する文章として随一のものではと評価。闘牛を見た晴子の文章は以下のとおり。

私の心は(中略)、陶酔と、感嘆と、唾棄と、羞恥との間をゆすぶり廻されるのだった。

P152

理性では闘牛の残忍さを嫌悪しながら、実際に目の当たりにすると、阿片のような魅力にとりつかれる、そんな矛盾を的確に書いています。また晴子は、

万一スペインが、闘牛をかなぐり捨てて立ったと聞く日あらば

P152

と書いてますが、カタルーニャ州では2011年に闘牛が禁止されました。旅行記が書かれた1931年と現在の違いも感じます。記録としても価値のあるものです。

晴子の文章は軽快で、毒も吐きます。また、内外の古典文学の知識や歌舞伎の知識もなかなかのもの。そして、祖父や母、夫に寄せる愛情の深さも感じる文章です。戦前の欧米大旅行(そして日本でも北海道から鹿児島まで旅している!)を書いた本書、注釈も多く、とても読みやすいです。一時期は、入手が困難になっていましたが、2023年1月現在、入手しやすくなっています。

欧州に造詣の深い鹿島さんと高遠さんの話はつきることはありません。詳細はお二人の対談で。アーカイブ視聴が可能です。動画では、高遠さんが、晴子の孫で埼玉大学名誉教授の長谷川三千子さんから入手した晴子の幼少期の写真が紹介されます。

※ここでちょっと筆者の私事を。高遠さんは明治の紀行文学者として大町桂月の名を上げました。私の祖母は桂月の親類にあたり、家には桂月の書があります。このため、高遠さんが桂月の名を出した時とても嬉しく思いました。一方、晴子は、「北海道の湯は層雲峡などと風流めかした名をくっつけたところより弟子屈などと振仮名を要するアイヌ名前こそうれしい」と桂月が名付けた「層雲峡」をくさしています。晴子の毒もまた面白いです。

【記事を書いた人:くるくる】

【「ALL REVIEWS 友の会」とは】
書評アーカイブサイトALL REVIEWSのファンクラブ。「進みながら強くなる」を合言葉に、右肩下がりの出版業界を「書評を切り口にしてどう盛り上げていけるか」を考えて行動したり(しなかったり)する、ゆるい集まりです。
入会すると、日本を代表する書評家、鹿島茂さんと豊崎由美さんのお二人がパーソナリティーをつとめる、書評YouTube番組を視聴できます。杉江松恋さんなどのスペシャルな企画もあります。
友の会会員同士の交流は、FacebookグループやSlackで、また、Twitterや、メールマガジンで会員有志が読書好きにうれしい情報を日々発信しています。
2020年以降はオンライン配信イベントにより力をいれています。
2022年9月には、ALLREVIEWS友の会から2冊目の本『多様性の時代を生きるための哲学』が祥伝社より刊行されました。
そして2022年3月に開店した共同型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」では、棚主になる会員や、運営を手伝う会員も。
もちろん、オンラインイベントを楽しむだけでもお得感があります。
本が読まれない時代を嘆くだけではダメだと思う方、ぜひご参加ください。
ALL REVIEWS友のTwitter:https://twitter.com/a_r_tomonokai


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?