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【特別対談】豊崎由美×杉江松恋×倉本さおり「あのとき紹介したかった本、2019」

月刊ARフィクション第12回は、豊崎由美×杉江松恋×倉本さおりの三方が2019年に書評しそこねた本を紹介します。年末年始に読みたい本を探している方、今年の本の傾向を知りたい方に最適。今年の話題作も間に組み込まれます。抱腹絶倒の対談の始まりです。

豊崎由美は効率よく仕事をしている⁉

口火を切ったのはホストの豊崎社長。豊崎さんは、杉江さん、倉本さんより読む速度が遅いと謙遜されたうえで、意外と効率よく仕事をしており、紹介しそこねたのは第55回文藝賞の2作のみとのこと。


『はんぷくするもの』日上秀之

作者は東北の震災の被災者。自身の体験をベースに、津波で家をさらわれ、仮設プレハブで雑貨屋を営む無気力な30男を主人公とする「震災という日常が非日常となった」世界を書いている。地上1センチの極めて低い視点からのリアリズム。倉本さんは書かれているプレハブ住宅の床がぺこぺこする描写にリアル感を感じるといいます。

山野辺太郎『いつか深い穴に落ちるまで』

倉本さん曰く『語ると書評家がバカに見える作品』。日本からブラジルまでトンネルを掘るプロジェクトが極秘裏に進められている世界。マントルなど科学的要因を無視して書き切る作者の胆力に豊崎社長も感嘆。

SFにも造詣が深い杉江さんは、「つっこみポイントだらけでも、突っ込んでいる自分の心が穢れた気になる」とのこと。

杉江松恋が「翻訳メ~ン」の本領発揮

杉江松恋さんは、翻訳ミステリの書評に定評のある方。そんな杉江さんが紹介する翻訳ミステリー。

キャロル・オコンネル『ゴーストライター』

NY市警の女王様体質で感情欠如のキャシー・マロリーが活躍するシリーズ。今回は舞台劇を上演中に殺人事件が起こるのだが、マロリーは事件捜査中に舞台に立ちスポットライトを浴びるという女王様ぶり。

なお、今回は「紹介しそこねた本を紹介する」企画なのですが、杉江さん、「好書好日」でこの本、ご紹介されてます。でも面白かったから許す。

豊崎社長はマロリーシリーズでは『クリスマスに少女は還る』がお好き。クリスマスに読むミステリーとしてお勧めです。

長すぎる本は書評する機会を逸する

倉本さんが最初に紹介したのは翻訳物の大作。

ジョナサン・ フランゼン『ピュリティ』

倉本さん、本作は長編すぎて、読み終わった時には書評の機会を失ってしまったとのこと。23歳の多額の奨学金ローンを抱える主人公といういかにも現代アメリカらしい設定で書かれる家族小説。

豊崎さんは長くなるべくして長くなる小説と、調べたことを全部詰め込みたい(無駄に)長い小説があるそう。無駄に長い小説には「Wikiで読むよ」といいたくなる。無駄に長い小説を書くひとには、佐藤亜紀を見習ってほしい。

灯台守はモテる

杉江さんの2冊目もミステリー。

三津田信三『白魔の塔』

杉江さん曰く、「灯台守はモテる」という話。主人公はなかなか灯台にたどり着かない。豊崎さんが盛んに「でも人は死ぬんでしょ?」と通販番組よろしく迫りますが、どうやら人は死なないらしい。

余談ですが「灯台守はモテる」というフレーズは作者三津田信三にも刺さったようです。


タイトルの長い本も書評する機会を逸する

倉本さんは「1冊目が厚い本だったので2冊目は薄い本で」ということで、『『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ』を紹介。タイトル長っ!!

金田淳子『『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ』

東大法学部卒の金田淳子の初の単著。少年チャンピオン連載の『グラップラー刃牙』が電子書籍で一部無料だったことから、読み出したところ、これはBLではないかと思いはじめ、その思いをnoteに書き綴ったところ、めでたく単行本に。


作者のかねじゅん先生の分析では、主人公の初体験の場面は、本当に男女対等で、フェミニズムの視点からも見るべき点があるとか。

なお、タイトルの長い本の書評は、字数制限のある中では取り上げることが難しいこともあるとのこと。

ところで、この本は秋田書店公認でございます。ここ大事!

エドワード・ホッパーから想起されるもの

杉江さんが次に紹介するのはアンソロジー2編。

宮内悠介ほか『宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー』

収録短編で面白かったものが星野智幸「小相撲」。大相撲に対抗する賭相撲が存在する世界が書かれています。

ローレンス・ブロック編『短編画廊』

翻訳本の紹介頑張っている出版社ハーパーコリンズ。ローレンス・ブロック編の短編集は、アメリカの国民画家エドワード・ホッパーの作品18枚を選び、想起される作品が描かれています。作家の中にはスティーブン・キングの名前も。なお、短編集は17編。1枚だけ、絵のみの紹介があります。

装丁は大事

倉本さんが紹介したのは幻戯書房の「ルリユール叢書」。2019年6月に発刊した古典を紹介する叢書です。ディケンズなど有名作家の作品もあるけれど、主眼は埋もれた古典作家の発掘。既刊はこちら。

ネルシア『フェリシア、私の愚行録』

ミゲル デ・ウナムーノ『アベル・サンチェス』

チャールズ・ディケンズ『ドクター・マリゴールド』

第1回配本「フェリシア」はフランスのリベルタン小説。訳者の解題はこちらです。

ところで、ルリユールというのはフランス語で装丁という意味。豊崎さんは装丁は大事といいます。今年、ルシア・ベルリンが大ヒットしたのは、翻訳者が岸本佐知子というブランドだったことももちろんあるが、何よりも表紙のかっこよさではないかと分析します。

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』


新人紹介は僕の使命(杉江)

杉江さんはキャリアの浅い作家の作品を紹介することを使命としています。以下は比較的キャリアの浅い方の三作。

砥上 裕將『線は、僕を描く』

第59回メフィスト賞受賞作。これを読むと水墨画の書き方がわかる。コミック化されています。


足立紳『それでも俺は、妻としたい』

作者は『百円の恋』の脚本家。主人公の脚本家はともかくダメンズで久しぶりの仕事で、必要となった調べものまで妻に手伝ってもらわなくてはできない有様。

ダメンズ好きの方は必読?!

白井 智之『そして誰も死ななかった』

2014年デビューの作家。クリスティの『そして誰もいなくなった』のように、謎のザビ人形が登場するミステリー。

おまけー神田松之丞が2020年真打になります

最後にお三方から告知。

杉江さんが聞き手の『絶滅危惧職、講談師を生きる』が文庫本となりました。神田松之丞は来年、2020年2月真打になり神田伯山を襲名します。真打興行は2月11日、新宿・末廣亭から。真打興行は夜の部ですが、末廣亭は昼夜入れ替えがないので、昼から並べば絶対見れます。



倉本さんからは「文化系トークラジオ Life ニュース版」の告知。今年は12月29日深夜放送予定。

豊崎さんからはTwitter文学賞の告知。第10回Twitter文学賞の投票期間が2020年2月1日(土)~2月9日(日)に決定しました。今回で最後の開催となります。


以上、お三方の紹介する本のジャンルの広さ、読書への愛に感嘆する抱腹絶倒の2時間でした。何より楽しそうにお話になる3人を見ているだけでも幸せになる!

来年もできるといいな。


【記事を書いた人】くるくる


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