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聞き取りの中で考える「翻訳」①建築家印牧洋介さん(1/3)

このたび本企画の主となる参加作家たちの対話を追う一方で、企画者の佃も、「翻訳」という言葉をお話のきっかけとして、様々にお話をする機会をいただくことにしました。

もともと本企画は、企画者としてなぜこの企画を立てたのか、「翻訳」ということを通して何を知って何につなげていきたいのか、実ははっきりとはわからないまま、一人ではわからない気がしてやり始めた企画です。日々のCOVID-19や政治状況の変化など、流れゆく情報量も多く、言葉にしようと息を吸ったら溺れそう。によくなる。

「翻訳」に興味を持つことは、美術の作家として次に作ろうと思っている作品のために関心を持つだけでなく、これから作家としてどうあろうか、何を考えていきたいか、周りの人や環境や状況とどうなっていきたいか、などを、ひきこもりバーチャル美術作家(だと自分で思っていた)私が、びっくりするほど考える機会になっているので、他の方にとってもそういう機会になればいいなと思い、自分の展覧会ではなく、プロジェクトとして他者に開きたい、と思って始めました。

この聞き取りでは、それぞれの方の専門に関する詳しいお話というよりは、「翻訳」ってなんだ?何につながるのか?を、探していきます。

「翻訳」が生まれるときは、どんな分野でも、何かと何かが反応している、もしくは反応させたいと思っている人がいる。そういうところに、これからに向けて、ものづくりのきっかけや、人がクリエイティブに考えるきっかけが落ちているような気が(なんとなく)しています。


0. はじめに

今回は知人の建築家、印牧洋介さんへの聞き取りです。

建築について詳しくない人でもわかるような話を、とお願いし、とにかくざっくりとお話してもらいました。

印牧:
佃さんのこの企画についての説明や「翻訳」への考えを聞いた際、ふと思ったのは、「ゆらぎ」というようなものについてでした。小説など何か文章を読むと、その文の書かれ方によって初めから多様な読み取りを可能とする文章もあれば、極力読み取りの幅を狭めた(意味内容を限定した)読み方を推奨していそうな文章など様々あると思います。こういった文章を読むときの受け取り方の幅やずれを総じて「ゆらぎ」のようなものだと私は感じています。

印牧:
小説などを読む際にはある意味、常にそういった「ゆらぎ」が大なり小なりあり、「翻訳」と言ってもいいような解釈が行われているような気がする。そういう意味での「翻訳」の中の「ゆらぎ」と呼びうるものに似た感覚が建築を読み取る(空間を解釈する)際にも生じているのではないか、と考えました。 その生じ方を、5つの事例をもとにお話します。

(以下印牧さんによるお話です。)

1. 図面によるゆらぎ ー 小説の文体に対する建築の図面表現について

本として出版される小説には、物語の目次、本文、注釈、あとがき、寄稿文、裏面や帯に書かれた筋や見どころなど、一つの物語をとりまく様々な役割を持った文章があると思います。同様の視点で建築について考えると、建築では、テキストやドローイング、図面やダイアグラムなどいろいろな媒体を用いて、ある一つの空間のイメージを伝えようとしていると思います。

物語を本で読むように、空間を建築の様々な媒体で「読む」とすると、小説で物語の本文に当たるのは、建築の分野では図面だと思います。図面では、目的に応じて何かを強調・省略・抽象化するために、様々な図面表現が選択され描かれます。

それによって本来この世には一軒のみである建物に対して万人が同様に想像する表現もあれば、各々が様々に想像する余白を残した表現もあります。

建築の図面から空間をイメージする過程にあるこういった受け取り方の幅は、建築図面における「ゆらぎ」と言えるのかもしれません。 


2. 規格による揺らぎ ー アメリカの安藤忠雄建築のPコン穴のピッチ

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安藤忠雄さんの建築というとみなさん思い浮かべるであろう、コンクリート打ちっぱなしの壁にある円い円。あれはPコン穴と呼ばれています。コンクリートを流し込む型枠を固定するために使われるPコン(プラスチックコーン)とパレーターと呼ばれる部品により生まれた穴です。

このPコン穴をアメリカで建てられた安藤さんのModern Art Museum of Fort Worth フォートワース美術館で見た際の違和感とその穴のでき方から、規格がもたらすゆらぎについてお話します。

日本にある安藤さんの建築の場合、Pコン穴同士の間隔は必ず60cmになっています。この間隔はコンクリート壁を作る際、90x180cmのコンクリートパネル(コンパネ)1枚につき6個のPコンを使うよう指定することでできています。(この60cmピッチ自体は一般的な規格で、他に45cmピッチなども使われます。)つまり日本のコンパネのサイズの規格によりその幅が決まっています。

その日本のコンパネの規格の起源は、日本の古くからある「尺(約3cm)」です。日本の建築は昔からこの尺や寸というモジュール(基本寸法)をベースに建てられています。そのため現代でも壁面には3尺x6尺(約910x1820mm、通称サブロク板)の寸法がよく使われており、流通する建築資材であるコンパネもそれに合わせて造られています。

対して、アメリカの壁はフィートやインチというモジュールで建てられています。よく使われるパネルの寸法は4フィートx8フィート(約1220x2440 mm)で、日本のサブロク板より少し大きいですね。

このパネルに対して安藤さん特有のPコン穴の割付(6個/パネル)を行うと、おのずと穴と穴の間隔が広くなります。現地できっちり実測したわけではないのですが、はじめにお話した違和感はこのパネルの規格の差が生み出していたのでは、と思っています。

このPコン穴は仏人建築家のジャン・ヌーヴェルが「空間の句読点」と形容したほど、安藤さんの建築特有の空間のリズムを生み出す大切な要素となっています。彼の図面を見てもそのPコン穴の配置が具体的に指示されていることから、その重要さが伝わってきます。そのリズムが建築資材の流通規格によって変化したわけです。

日本で生まれ、かつ安藤さんの建築に惹かれて見てまわった私には違和感を与える間隔ですが、アメリカで生まれ育ち安藤建築を初めてアメリカで見た人にとっては、見慣れていて、逆に日本でのその間隔が小さく感じるのかも知れません。

ここに、見る人の身体が慣れ親しんだ規格の差により生じる空間認識のずれやゆらぎが生まれていると感じます。


(以下記事につづく)


印牧 洋介(かねまき・ようすけ)
2007 早稲田大学理工学部建築学科卒業
2009 早稲田大学大学院修了(古谷誠章研究室)
Fondazione RENZO PIANO 奨学生と して渡仏
RENZO PIANO BUILDING WORKSHOP PARIS
2010 安藤忠雄建築研究所
2012 坂茂建築設計
2015 印牧洋介設計
2016 東京藝術大学教育研究助手
2017 大成建設設計本部
https://www.kanemaki.org

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