ごはんがおいしいだけでいい | 史山 正太郎

おいしいものとその記憶を文章にする。2021年度卒業制作。

ごはんがおいしいだけでいい | 史山 正太郎

おいしいものとその記憶を文章にする。2021年度卒業制作。

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ごはんがおいしいだけでいい理由

食べ物の味がしなかった頃の話をする。 高校に上がった矢先、新しい環境に馴染めず転学を決断し、心療内科に通いながら人生全てがどうでもよくなった。 大仰な診断こそ下されなかったものの、ここが人生のどん詰まりかくらいのことは考えていたと思う。目が覚めて、絵を描くかゲームをするかして、気づいたら日が暮れているので、また何か腹に入れて、携帯を眺めて、気づいたら寝ている。知らぬ間に1日が終わり、1週間が終わり、1ヶ月が終わる。生活と呼ぶにはあまりにも内容のない日々が流れていた。 それは

    • ワッフルと新木場

      人生が変わった日がある。 忘れもしない2019年8月14日。その日まで、なんの変哲もない夏休みを過ごすのだと思っていた。 2018年末からあるバンドのことを知り、見識を深めている最中のこと。近場でライブをするというので、あまり深く考えず行くことにした。 そのときに食べた物たちの話をしよう。 それはバンドが複数出るイベントのようなもので、チームごとにいろんな食べ物を提案し販売していた。かき氷、ジェラートなど夏らしいデザートに始まり、カレー、ハンバーグのようなメイン系、さらに

      • クッキーと高校生

        高校生の頃、文化祭の出し物で食品販売をしようという話になった。 とはいえ通信制高校でできることはたかが知れていて、クラスというのもあってないようなものだったので、その役目は生徒会が受け負っていた。 生徒会は基本人手不足だったので、そんな少人数でもたくさん作れて、火が通っていて、特別な技術がそこまで必要ないもの、という条件にうまく当てはまったのがクッキー。 活動人員たちからいつの間にか調理指揮担当に祭り上げられていた私の奮闘が、幕を開けた。 クッキーの材料はそこまで多くない

        • 書籍「ごはんがおいしいだけでいい」のお知らせ

          表題の通りここで出している文章たちをまとめた書籍を作ります。 文庫本(A6)サイズで、ほぼ全編手書きです。 内容物の詳細を未だ出せていなくて申し訳ないのですが、少なくともここに今投稿されている4本は確実に入れる予定です。10本前後お話を入れられたらいいなとは思っているというかそうしないと本として成立しないので、なんとか頑張ります。見守っていてくだされば幸いです。 また、本作はBoothという販売サイトを介して販売する予定です。 (双方の個人情報がわからないように匿名配送プ

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        ごはんがおいしいだけでいい理由

          ケーキと駅ビル

          昔から母がお菓子作りをしていたからか、お菓子やおやつの部類が好きである。 とくに生クリームとチョコレートには目がないので、私にとって生ケーキは最強のおやつである。ふだんから生ケーキを買って帰るようなたちではないので(そうしたいのは山々だが)、たまに食べるといっとうおいしく感じる。 自分と母の用事を済ますために、近くの駅ビルへ行った日だった。 卒業式のための袴を予約したり靴を買ったりしたあと、せっかくなら何かお土産でも買うかということで、いちごのミルクレープとコーヒーゼリー

          牛肉と親戚

          年末年始にいつも牛肉が届く。 父方の祖父母から送られてくる。まあまあ滅茶苦茶な量で、しかもクール便で来る。冷凍のほう。 うちの冷蔵庫はそもそも大した大きさをしていないので、たいがいその時期は冷凍庫がそれで埋まる。冷凍庫に入りきらない時はすぐ解凍して食べたりする。贅沢な話。 その肉ですき焼きをするのが、ここ何年かの定石だ。 鉄鍋に牛脂を引いて、肉を焼いて、砂糖と醤油をかける。焼けたらすぐ食べる。野菜も入れる。ネギはべろべろになるまで鍋に入れる。気を抜くと豆腐が鍋にくっつく。

          味噌汁とトライアンドエラー

          日本に生まれて良かったなあと思うことのひとつに白米と味噌汁の存在がある。 味噌汁。 簡単に作れるし、ほぼ無限のバリエーションが生み出せるし、好きな具材も嫌いな野菜も、とりあえず煮て味噌を溶けば成立する、そのけっこう強引な寛容さが面白くて頼もしい。料理から何から面倒くさがる私にはうってつけである。 豆腐と冷凍野菜があると味噌汁作りが体感3倍くらい楽になる。切って入れるだけでいいし(冷凍野菜に至っては切らなくていいものも多いし)、煮えたかどうかを気にしないでもいい。カットわかめ

          オムレツと歳月

          一番初めに作れるようになった料理はオムレツだった。 フライパンをあっためて、バターを回して、溶いた卵をじゃーっと入れる。あとは適当に混ぜつつフライパンの端に寄せて皿に盛る。 中学生の時、調理実習で勉強したオムレツのきれいな作り方に感心した私はそれから何かにつけてオムレツをこしらえるようになっていった。 料理と言っても火加減さえ間違わなければ形にはなるし、多少うまくいかなくてもスクランブルエッグと銘打てば一応失敗にはならないという簡単さが、当時の私にはぴったりだったのだと思う