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「助け合えば友」ショートショート

蝉の鳴き声が響く、蒸し暑い夏の夜。
コンビニの店内は、冷房のひんやりとした空気が満たしている。
聡は制服の袖を肘までたくし上げ、店内BGMに合わせて僅かに頭を揺らしながら商品を陳列していた。
おむすびは種類ごとに素早く並べる。鮭、梅干し、ツナマヨ、昆布。弁当はハンバーグがよく見えるよう向きを揃えて並べ、サラダは容器の大きさに分類して陳列。その間にお客が入店した時の電子音がするたび、聡は首だけ捻ってレジの方を見る。
「おっ、」
 聡は売り場を駆け足気味に、レジの方へ向かった。入店して真っすぐにレジへ向かう客の大半は煙草目当てで、そういう人は大抵せっかちだ。注文の品をすぐ出せないと苛立ったりする。
 思った通り、新人のグェンが、「メビウス、キューミリ……デスカ?」と戸惑っていた。
お客さんは苛立った様子で声を荒げる。
「箱見りゃ分かるだろ、早く取ってくれ」
カウンターへ滑り込んだ聡は、煙草を棚から選び取り、ふたりの間に割って入る。
「こちらっすよね、五三〇円になります」
客を見送るとグェンは、はにかんだ笑みを浮かべた。浅黒い肌に白い歯が目立つ。
「聡サン、助けてくれてありがとう」
「あのお客さんは毎日この店来るから、この煙草の銘柄だけでも覚えとくといいよ」
「サスガ、神フリーター!」
 にやにやするグェンを、聡は思わず叩く。
「グェンお前! どこでいじりを覚えたんだよ。その変な日本語教えたのは店長か!」
 叩いたときに触れたグェンの肩は、筋肉でがっちりとした感触があった。対して自分の細い体を空しく思いながら、聡は続ける。
「困った時はすぐに呼べよ。俺はグェンのこと、留学で日本に一人で来て頑張ってるのも尊敬するし、同い年なの親近感湧くし、ダチだと思ってんのよ。助け合うのは当然だろ?」
 いつものグェンなら「ハイ!」と元気な返事が返ってくるところだったが、何もない。不思議に思った聡が、グェンの顔を見ると、彼はひどく思い詰めた顔をしていた。
 仕事の覚えが悪いことを気にして、へこんでいるのだろうか。グェンはその後も、商品を落としたり、レジを打ち間違えたりとミスを連発し、始終ぼうっとしている。
「おいグェン、今日は一体どうしたんだよ」
 聡が彼のミスの修正に手一杯になっている時、ふとカウンターの前に人が立った。
「いらっしゃ……」
 覆面をかぶった男が、聡とグェンに黒い塊をつきつけている。これは、銃だ。
聡は息が詰まって、咄嗟に頭をかかえてカウンターの下にしゃがみ込んだ。
「金だせ」というくぐもった声。なぜか静かなので恐る恐る聡が顔を上げると、グェンが正面からじっと強盗を見つめ返していた。
 おい、早く渡した方がいい、撃たれちまうぞ!と聡が声にもならない声で叫んだ時、グェンの手がゆっくりと拳を握りしめた。小指から親指まで、順番に。
 その次の一瞬は永遠のようでもあった。彼の二の腕の筋肉が風船のように膨れ上がり、鞭のようにしなる。その腕は、目にも止まらぬ速さで覆面の穴と穴の間にめり込んだ。
ミシミシ、頭蓋骨がへこむ音。
 覆面の男は商品棚にぶちあたって店を汚し、それからよろめき、床に落ちた商品に何度も足を取られつつ、ほうほうの体で逃げ出した。
 狼狽える聡をよそに、グェンは気高い表情で覆面のいた場所を見下ろしている。
「こ、これ、警察呼んだらいいのか?」
 問いには答えず、彼はカウンターをそれは易々と、黒豹が舞うように、向こうへ飛びおりた。着地するやいなや、舞い上がった土埃だけを残して、一瞬のうちに彼は夜の中へ走り消えてしまった。

それから数分後にグェンは、鼻血を出して顔中あざだらけの男の首根っこを掴んで、再び店に戻って来た。
店の周りにはパトカーが集まり、犯人は手錠をかけられて連行される。
「聡サン、怪我とかなかったですか?」
 何事もなかったような明るい表情で、グエンは言った。その表情は満足げにすら見える。
「い、いや大丈夫。というか俺、さっきお前が瞬間異動みたいのをしたの、見た気がするんだけど」
 グェンは日本語が分からない時の笑い方でごまかしつつ、聡の手を握る。
「いつも聡サンに助けてもらってばかり。やっと僕も聡サンを助けられた……。嬉シイ。これで僕たちホントの友だちですね!」
 握手するグェンの手は、小さいけれど、やはり筋肉の厚みがある。聡は小さく呟いた。
「やっぱりお前、実はスーパーマンだろ!」

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