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ショートショート「深夜のお悩み相談室」

さぁ、ミカコのオールナイトジャパァン、お悩み相談のコーナーに参りましょ。 ラジオネーム『OLひよたん』さん、東京在住28歳女性からのメールです。 『ミカコさまこんばんは。私は今、とっても深刻な問題に直面しています。前髪をこのまま伸ばし続けるか、思いきって切るかです。彼氏は絶対に短い方が良いと言いましたが、自分では伸ばした方が似合うと思っています。どっちがよいでしょうか?』  あら、ラジオでこんな質問をされるのは斬新ですね。『OLひよたん』さんの顔を直接見られたらアドバイ

    • ショートショート「彼の帰宅を待ちわびて」

      あつあつに熱したフライパンに、バターをひとかけら置いて、私はほっと息をつく。  ジュウウ。 静かな台所にバターが溶ける音が響き、柔らかい香りが立ち昇る。  洋食を作る時は、サラダ油ではなくバターを使うとレストランの味になる、とどこかで聞いてから、我が家の冷蔵庫にはいつも個包装のバターがストックされている。 やがてフライパンの底で、黄金の液がぶくぶくと泡立ち始めたら、具材を入れる合図だ。 玉ねぎのみじん切りを入れて、飴色になるのを待ちつつ、ふと慎一のことを思い出す。 彼はこの香

      • 2000字小説「契約書にサインを」

         「これにサインして欲しいんだ」  真っ昼間のファミレスで、恋人の直哉は生真面目な顔で書類を差し出した。パソコンで手作りしたのであろう『婚約事前承諾書兼契約書』というものだ。  「なんだこりゃ」  急ぎの用で会いたいと言うから、会社をランチ時間に抜け出し、受付嬢の制服から着替える手間も惜しんで駆け付けたというのに、要件とはこれだったのか。直哉のいつもの変な癖が始まってしまった。  交際して以来、色んなタイミングで「デートプラン提案書」やら「プレゼント交換企画書」とやら

        • 2000字小説「無病息災。」

          東京で疲れ果てた身体に、山梨の冬の夜の空気は沁みすぎる。 スカートなんか履いて来るべきじゃなかった。 タイツ越しに氷点下の空気が肌を突き刺して、ふくらはぎまで冷たく固まってしまったようだ。 私はコートの首元をおさえて震えながらタクシーを降りると、街灯など殆どない道を実家の玄関まで小走りに向かった。 「ただいまぁ」 3年前、広告会社に内定をもらって上京して以来、はじめて帰って来た実家だが、玄関の匂いに包まれたとたんに緊張がほぐれた。 「あら絵里、遅かったじゃない。もう

        ショートショート「深夜のお悩み相談室」

          2000字小説「チャンスの髪様」

          僕には、他の人には見えないものが見える。 初めて見たのは、小学5年生のころ。 ホームルームの時間。クラスメイトのじゃれ合いで騒がしい教室で、僕はひとり黒板をぼんやりと眺めていたが、ふと、真横に白いかげがすっと立ったのを感じた。 ギリシャ神の衣をまとった、はげつるでのっぽの男が、金色の前髪だけを腰ぐらいまで長く垂らして、その隙間から僕をぎょろりと見下ろしていたのだ。 (幽霊…! いや、金髪の貞子!?) 思わず身構えた僕に向かって、そいつはおもむろに自身の頭髪を掴み、こちらへ差し

          2000字小説「チャンスの髪様」

          2000字小説「クリスマスの贈り物」

           クリスマスの朝、少年は広いダイニングの真ん中にどっかりと座り込み、その顔にはこれ以上ないほど不機嫌な表情を浮かべていた。  彼の周囲にはすでに開封したばかりのプレゼントの残骸が広がっているのだが、叔父から貰った精巧なラジコンカーも、叔母から届いた1000ピースのパズルも、両親からの贈り物の分厚いグリム童話の本も、どれひとつ少年を満足させなかったのだ。  家政婦はすっかり途方に暮れてしまった。  家の主人も奥様も忙しい人だから、少年の相手は全て彼女にゆだねられているので

          2000字小説「クリスマスの贈り物」

          2000字小説「船幽霊」

           霧が立ち込めて、行く先も過ぎ去った場所も見えない所を、舟はゆらり、ゆらりと進んでいく。  月明かりも靄の中ではおぼろげで、黒い海の波はただ濁って、底知れぬおどろおどろしさがある。  与一は船頭に座って、見張りとして先を見つめながら、鼻をすすった。ちゃんと前を見続けていなければ、とっつぁんに怒られる。なぜなら夜霧の中が一番、盗賊に襲われやすいからだ。  とっつぁんと、おじちゃん達は暗い眼でぼんやり辺りを見ながら、舟をこぎ続けていた。静かな波の音だけが、闇夜に響いている。

          2000字小説「船幽霊」

          1000字小説「生地をこねて」

           ガラスのボウルに、ぬるま湯を注ぎ入れながら、私はキッチンでほっと息をつく。  小麦粉とドライイーストを手でかき混ぜ、湯になじませていく作業は、趣味で長年続けてきたパン生地作りの中でも好きな作業だ。  暖かい生地の中でドライイースト菌は徐々に発酵し、生地を柔らかく膨らます。冷水をかければすぐ死滅するような繊細な菌だから、温度管理が何より重要なのだ。  私はずり落ちる赤いニットの袖を、粉が付くのも気にせずまくり上げ、そっと笑った。  木枯らしのなかで、寒さに震える健介に

          1000字小説「生地をこねて」

          2000字小説「これが始まり」

          ◇風太 ぼくと美香の始まりは運命だったと思う。 雨が降った秋の日の午後、曇り空の下をぼくは喫茶店の向い側に立って、店を出入りする人を眺めていた。ぼくは来るべき人が来るのを待っていた。 だけど、その日はとことんついてない日だった。朝からずっと待っているのに、待つ人が来ない。 ただ立ち尽くすぼくに、散歩中の大きな犬がすれ違いざまに吠えたてる。ぼくは本当に犬が苦手で、体を震わせて嫌がったのに、飼い主は素知らぬふりで通り過ぎていった。 昼過ぎからは雨が降り始めた。傘なんか持って

          2000字小説「これが始まり」

          2000字小説「和室から」

           風鈴の音が静かに響く。  畳の間にずっと居ると、時間の流れがなかなか分からなくなってくるのだが、代わり映えの無い風景の中の、僅かな変化をかき集めて、今は夕方か、とだけ考える。  身体の自由が利かなくなってから、どのくらいたったことだろう。私の意識はつねに朦朧としているのだ。  知らぬ内に始めたうたた寝から、再び意識が戻った時、部屋は襖の間から細く漏れる居間の灯りで、ぼんやりとあかるくなっていた。  向こうから珍しく賑やかな音がするのは、長男と次女が久々に帰ってきたためのよう

          2000字小説「和室から」

          2000字小説「館の主人の物語」

          このような雨の中、ようこそおいでなさいました。  久々の御客人ですよ。ええ。急な雨でなければ、こんなおんぼろな宿など選ばなかった? 何かが化けて出そうですって? 面白いことを仰る方ですねえ、私は好きでございますよ。  この館は、それは昔、こだわった方が建てた館でして、物語がたくさん、詰まっているのです。あなたの勘は、あながち間違いでもないかもしれません。  額縁に入った一枚の写真が、あの暗い部屋の壁に飾られているのが、見えますでしょう。ここを立てた記念で撮った、大木敬三と家族

          2000字小説「館の主人の物語」

          2000字掌編「小さな魔法使い」

           目覚めたら、僕は、山手線の座席でヨダレを垂れながして、だらしなく横たわっていた。体を起こしたいけど、節々が痛むし、ひどい二日酔いのようで、頭を動かそうとするだけで吐き気がする。 陽の差し込む車内には、学生や会社員が身を寄せ合って立っているが、僕のまわりだけ、嘘のように人が居なかった。僕は相当、ひどい醜態をさらして眠りこけていたのかもしれない。記憶をたどろうとしても、ぼんやりとして昨日のことが思い出せない。僕はいつからここにいたのだろう?  「ねえおじさん。スーツがよれよれだ

          2000字掌編「小さな魔法使い」

          2000字小説「金魚すくいの夜」

          「あたしはね、背の高いお兄さんに連れてってもらいたいの。優しくて、ハンサムで、声が素敵なお兄さんなら誰でもいいの…」 水の中で、赤く分厚い唇をすぼめて、金魚は言った。小さい泡がぷくぷくと水面へ昇る。 「金魚鉢に入ったあたしを見つめる、ハンサムな顔をあたしも毎日見つめるの…!」 なめらかなシルクのような、赤いひれが、夜の水槽の中で揺れている。その様子はまるで、赤いワンピースを着てはしゃぐ少女のようだといつも思う。 「へぇ、そうかい」とだけ、俺は言った。 「…会話が下手なのね!」

          2000字小説「金魚すくいの夜」

          2000字小説「怪盗レイディ」

          盗みをするときは、大胆に。  これが私のお仕事のモットーだ。しなやかな体にぴったりと沿う黒いドレスに、下品なくらい大きいサングラス。高級ブランドショップの正面のドアを通って、白昼堂々と現場入りをしながら、私は考える。どうせなら、大胆にやった方がセクシーだ、と。  ガラス張りの店は、外の通りとは、世界が区切られているように、静かだった。私はサングラスの奥から、客は自分だけで、店員はふたりいるのを確認した。高い天井の店内で、私が洋服ラックの間を歩く、ヒールの音だけがこつん、こつん

          2000字小説「怪盗レイディ」

          「大山まいか」2000字小説

          「ボクはたぶん、日本一友達が多い四年生です! どうぞよろしく」  初夏の日差しが強く入り込む教室で、季節はずれの転入生は、教室中に通る声で挨拶をし、頭を下げた。   大山まいか。東京都出身。かの有名な大山サーカスの団長の娘。お母さんは空中ブランコで宙吊りになるそうで、お父さんは象とライオンを意のままに操る。彼女は、サーカス団が移動するたびに転校を繰り返し、小学四年生にして、ここが七校目の学校だという。   自分のことを「ボク」と呼ぶ女の子は、この片田舎ではとても風変わり

          「大山まいか」2000字小説

          「ひるさがり」2000字小説

           昼さがり、スープを一さじ、すっと吸って男は「ふう」と小さな息をはいた。  それはコンソメの風味が鼻一杯に広がる、澄んだスープだった。一さじ、一さじと口に運んでいると、なんだかもの淋しい気持ちになって、もっと欲しくなる。そんな味だった。  男は毎日、陽が斜めにさしこむ時間に、この窓辺の席に座り、食事をとるのが日課だった。皿に手を添え、スプーンをゆっくりと動かす。大事な料理を口元まで運ぶ途中で落としてしまわぬよう、背中を丸める。そして口に入れる前にいちど匂いをかごうと、鼻で

          「ひるさがり」2000字小説