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2000字小説「クリスマスの贈り物」

 クリスマスの朝、少年は広いダイニングの真ん中にどっかりと座り込み、その顔にはこれ以上ないほど不機嫌な表情を浮かべていた。

 彼の周囲にはすでに開封したばかりのプレゼントの残骸が広がっているのだが、叔父から貰った精巧なラジコンカーも、叔母から届いた1000ピースのパズルも、両親からの贈り物の分厚いグリム童話の本も、どれひとつ少年を満足させなかったのだ。

 家政婦はすっかり途方に暮れてしまった。

 家の主人も奥様も忙しい人だから、少年の相手は全て彼女にゆだねられているのであった。

 少年が先ほど癇癪にまかせて床にぶちまけたパズルのピースを掃き集めているうちに、彼女は未開封の小さな包みを拾いあげた。それはラメがきらめく上質な包装紙をリボンで丁寧に結ばれたものだった。

「坊ちゃん、もうひとつありましたよ。」

 そう言う彼女の手から、少年は奪い取るようにして包みを受け取った。ビリリ、と包みを破くと中には缶に入ったクッキーマン数個と、メッセージカードが1枚、なにやら小さな字でびっしりと書き込まれてあった。

 少年は大した腹の足しにもならない贈り物にまた不機嫌になりかけたが、装飾の可愛らしいメッセージカードが気になりはじめ、その内容があまりにも魅力的だったので次第に夢中になって読んだ。

 彼がクッキーを頬張りながら読んだ文章は、以下のようなものである。



メリークリスマス!

 私はめったに手紙を書かないが、今年のクリスマスは特別に君に手紙を書こうと思う。
 私は一体誰なのか? 
 ヒントをあげよう。

その1。
 私はこれを私の家で書いているが、この北国では窓の半分まで綿のような雪が積もって、とても寒い。
 しかし、この国の雪は特別で、舐めるとレモンキャンディーの味がするから、私のトナカイ達はこぞって雪をなめとってしまうのだ。

その2。
 私の家はおもちゃ工場でもある。
 夏の終わりには、世界中の子供たちの願いを我が家の受信機が受け取って、それは長い長いリストを出力する。
 工場で働く小人たちは夏から冬までせっせと働いて、プレゼントをひとつひとつ作り上げるわけなのだ。

その3。
 私は聖なる一夜だけ、魔法のそりで世界を飛び回る。
 私はなかなか図体のでかい大男なのだが、煙突から家の中に入ることだって、すやすやと眠る子供たちの額におやすみのキスをすることだってできるのだ。

……ヒントをあげすぎたかもしれないな。

 最後にもう一つだけ付け加えたい。実は、私は世間に隠した仕事を請け負っている。

 それは「素直でお行儀のよい子供たちの爪の垢を煎じ、行儀の悪い子供たちに飲ませる」ことなのだ。もちろん親御さんからの依頼でね。

 聖夜に私が良い子たちの寝室に忍び込んで集めた爪の垢は、次の冬が来るまでの1年をかけて、おまじないをかけながら十分に煎じている。初期はそのままの粉を黒いガラス瓶で販売していたが、不味いから大量に売れ残ってしまってね。

 こちらも様々な製品を出したよ。
 爪の垢を煎じて入れてゼリーグミに入れたり、チョコレートにしたり、ぺろぺろキャンディなどにね……。実に不味かった……。

 しかし今年は、ヒット作の予感がしているのさ。

 「よい子クッキーマン(まじない入り)」はわが社の新商品だ。よく見ると、クッキーマンの表情が提供者である良い子の顔に似せてあるのだ。

 愛らしいだろう? 
 効力も抜群。これを食べた子供は皆、おもちゃを大切に扱うようになるし、周りの人に乱暴をしなくなる。ごめんなさいやありがとうをちゃんと言えるようにもなるのだからね。



 ここまでを読んで、少年は背筋がぞっとして、自分がむさぼり食べていたクッキーを見た。
 缶に3枚残ったクッキーマンはそれぞれが違う特徴の顔で、しかし口元は皆、同じように口角を引き上げ、にまにまと怪しげな表情を作っている。

 これにまさか、爪の垢が煎じられて、練りこまれていたということだろうか。
 口の中に残ったクッキーを吐き出すために、少年は手紙や他の物を一切投げ捨てて、洗面所へと走った。
 しかし彼は、カードの裏面に書いてある「追伸」をすっかり読まないうちに手紙を放ってしまっていたのだ。そこにはこう書いてあるともつゆ知らずに。


 これらは全て冗談です! 
 まさか「爪の垢を煎じて飲ませる」を文字通りやるなんて気持ちの悪いことはしませんよ。クッキーは衛生的に管理して作ったので、安心して美味しく食べてください!

それでは良い一日を!

   あなたを愛する家政婦より

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