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私がフロリナ姫の美しさに魅入るまで

 私は7歳からクラシックバレエを習っていた。自分から「やりたい」と言い出して習わせてもらっていたのだろうが、当時そこまで考えておらず単に姉の真似っこをしたかっただけだったと思う。バレエに対して関心があったかというと、正直あまりよく覚えていない。普段では着れないような素敵な衣装を身にまとい、たくさんの照明の包まれて大舞台に立った時の感覚は今でも鮮明に覚えているが、普段の練習に関しては、毎週ただバレエ教室に通い、先生の振り付けを覚え間違えないように踊る、という感じだった。足の甲が生まれつき硬く、結局最後までバレエと聞けば誰しもが憧れるトゥーシューズを履いて上手く踊ることができなかったことも原因の一つなのかもしれないが、向上心はあまりなくなんとなく続けているだけで、バレエというものに対してあまり関心がなかったように思う。

 私がバレエの魅力に気づいたのは大学に入ってからのことだ。
意外にもそのきっかけは大学一年当時所属していたストリートダンスサークルだった。古典的なバレエとはおよそ対極にあるストリートダンスだが、その影響は大きかった。
ストリートダンスは事前に決まっている音楽で決まっている振り付けを踊る「ショーケース」の他に、その場でDJが流す音楽に合わせて即興で踊り、その完成度を競う「バトル」がある。「バトル」は「ショーケース」よりも当然難易度が高く、私は「バトル」に出るレベルまでには到底至らずに辞めてしまったが、はじめて「バトル」をみた時は衝撃だった。
みんな踊りを踊っているというより音楽にのって自然と身体が動いているとようだった。音楽の抑揚やリズム、雰囲気に合わせて、即興で踊っている。バトルが終わった後もDJは音楽を流し続ける。ミラーボールに反射した赤や緑、青、鮮やかな光に照らされながら音楽に合わせて自由に、そして狂ったように踊っているのだ。
振り付けよりも音楽が先行していた。きっと人は音楽を聴くと自然と身体が動いてしまう生き物で、その延長線上にヒップホップやロックというような「踊り」がある。みんな音楽を踏みしめて、音楽を楽しんでいるだけなのだ。結果としてそれが「踊り」という手段で表現されているにすぎないのだと思った。
今まで私が踊っていたものは単なる「振り付け」だった。いや、「振り付け」止まりだったという方が正しい。私にとって「振り付け」こそが絶対だった。それは間違えてはいけないものだ。そればかりに集中して、音楽を心底楽しむなんて二の次だった。一方、音楽といえば私にとってカウントをするためのもので、極端に言ってしまえば私の踊りは音楽があろうとなかろうと関係なかったかもしれない。本当の意味でチャイコフスキーの音楽に耳を傾けて踊ったことがあっただろうか?私は踊っていながら踊っていなかった。

 本来「踊り」というものは音楽が先行し、自然と生み出されるものだということに気づいてから私の「踊り」に対する視点は変わった。踊り手は音楽をどのように感じ、受け止めて、それをどのように表現するのだろうか。それはバレエに関しても例外ではなかった。
それまではバレエの上手さや美しさは、体の柔らかさなどの肉体美や、ジャンプの高さ、ピルエットの回転数や安定感、アラベスクの時の足の高さといった技術面で全てが決まるものだと思っていた。実際に当時他の人の踊りを見ても「足が高く上がっている」「体がやわらかい」などの技術面に対しての驚きや感動がもっぱらだった。しかし、バレエの美しさはそういった技術面だけではないことに気づいたのである。ストリートダンス同様、やはりバレエも音楽が先にあり、その表現としてあとから「踊り」が出来上がるのだ。クラシックバレエはその演目ごとに音楽が決まっており伝統的な振り付けがあるものだが、私はそれらを単に「決められた振り付け」としか思っておらず、振り付けは音楽に先行するものだと思っていたのだ。しかし、そんな伝統的な振り付けも新たな視点で見てみると何とも音楽の特徴をいかした踊りであることに改めて気づく。楽器から醸し出される音楽の雰囲気、リズムや抑揚がどれだけ踊りに反映されていることか!!さらにそのような伝統的な振り付けは、踊り手がどのように踊りたいかによって違った踊りになり、役柄の様々な表現が可能になるのである。そうした音楽に合わせた表現と肉体的な技術が合わさってはじめてバレエの奥深い美しさが表れてくるのだ。ストリートダンスもクラシックバレエも音楽あっての「踊り」であり、ジャンルは全く異なっていてもそれは根底において通じていることに私は感動した。バレエは単に振り付けを踊るものだと思っていた私にとって、この発見は衝撃的だった。その後、いろいろな踊りを見るうちに(とはいってもYouTubeやInstagramであったが)、それぞれ振り付けは踊り手を介してこんなにも違ったものになるのかという驚きとともに、私はバレエにはまっていった。

ここで私が一番好きな演目を紹介したい。
「眠れる森の美女」の第3幕に登場するフロリナ姫のバリエーション(ソロ)である。その音楽はまるで小鳥のさえずりが聞こえてくるように軽やかでかわいらしい。フロリナ姫のバリエーションの音楽は有名な音楽だが、そのテンポはバレエ団や踊り手によって異なり、ゆったりと優雅に舞うフロリナ姫もいれば、元気いっぱいなフロリナ姫もいる。
私が好きなのはPNBで活躍するAngelica Generosaさんが踊るフロリナ姫である。

https://www.instagram.com/p/BtoHrijADel/?igshid=4ewomh4xsclz(AngelicaさんのInstagramより引用)


Angelicaさんの場合音楽のテンポは少し早めなのだが、その踊りには軽やかでかわいらしい音楽の雰囲気やリズム、抑揚が、手の動きや間の取り方に細かくあらわれている。そうした踊りは元気さがありながら、しかし上品さもあり、なによりカタくなく非常に生き生きとしている。手の動きはしなやかでなめらかかつ力強く、最初の動きに入る前のひとはばたきする手の動きがまたなんとも素敵だ!!また、アラベスクなどのポーズ後の間の取り方が非対称的であり、そのばらついた間の感じが小鳥のリアルな動きを連想させる!!中盤のパ・ドゥ・ブーレからシェネの回転の動きは非常に細かく、最後のピルエットは軽やかで本当に美しい。そしてかわいらしくて素敵!!!音楽のイメージにすべて動きがピッタリで、フロリナ姫が相手のブルーバードとの再会の喜びとともに、本当に小鳥のように舞っているように見えてくるのである。それはバレエを習っていた当時は気づきもしなかった「振り付け」のその先にあるバレエの踊りの持つ奥深い表現の美しさであった。そしてその美しさは、初めに音楽があり、踊り手がそれを踏みしめそして楽しみ、それを肉体によって表現するというあらゆるジャンルに共通する音楽を媒介とした「踊り」の根源たる部分に由来するものだ。バレエの踊りがそのように見えたのは初めてだった。それはバレエの踊りのもつ美しさに魅了された瞬間であった。


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