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『かりんとう屋さん』


社会人になり、一人暮らしを始めてから早1ヶ月。
久々に良く晴れた日曜日、僕は1人で街へ繰り出していた。
仕事もだいぶ慣れてきたし、自炊はしないけど適度に健康にも気を遣っている。時にはラーメンやお酒など不摂生する事もあるが、体重に変動もないし特に問題ないだろう。最近は休日に限って天気が悪い事が続いたが、映画やアニメを観て時間を潰した。
僕は、そんな些細な幸せを噛み締めていた。

しかし、何かが足りない気がしていた。

そんな事を考えながら歩いていると、ある店が目に入った。

「あれ?こんな所にかりんとう屋さんが...」

ひらがなで大きく「かりんとう」と書かれた屋台があった。

「すいません。かりんとう1つお願いします」

声かけると大将らしき人が振り返った。
何故だか分からないが彼は全裸だった。

「かりんとう1つ?ちょっと待ってて」

全裸で小太りの割には物腰が柔らかく、簡単に言えば良い人そうだった。

彼は背を向け、腰に手を当てた。

「さ〜て、どう調理すっかな」

あれだけ物腰の柔らかい人でも背を向けたその雰囲気はやはりプロだという威厳を感じさせられた。かりんとう作りとなると良い人というより“漢”が滲み出ていたのだ。

僕は彼の調理が気になり、固唾を飲んで見守っていた。意外と良い尻してると思った。

彼は調理をするであろう作業台に両手を添え1人で腰を振り出した。下ネタ的意味でのピストンと言えば伝わるだろうか。

しばらく彼のピストンを見守っていると、「ンアッッッ」という声と共にその動きが止まった。

彼は笑顔で振り返った。

「お待たせ。かりんとう一つ出来上がり」

彼の股には真っ黒なかりんとうがぶら下がっていた。

かりんとうを作る大変さを目の当たりにして、そのたった一本を大切に味わった。僕に足りなかったものはかりんとうだったのだと気付いた。


家に帰るとかりんとうでお腹いっぱいになったのか夜ご飯を食べる気にはならなかった。

風呂を出た後、明日の仕事の準備をしていると急な腹痛に襲われた。思えば今日は一度も脱糞していなかった事に気付いた。家だし漏らしてもいいかという心の余裕を持ちながら、便座へ向かった。

間に合った。こんなにすんなり出るならやっぱり漏らしても良かったか、そうすれば水道代も浮いたし...などと考えながらお尻を拭いた。流す前に最後のお別れをしようと便器を覗くとそこにはかりんとうがあった。


かりんとうとは輪廻転生。それは永遠よりもきっと永い。


※この作品はフィクションです。

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