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鯖ねこのシャンティー

 シャンティーは古着屋の窓台から駅に向かう雑踏を眺めていた。
 電車に乗れたら何処までも行けるだろうなァとか、人間は自由で良いなァとか、人々をうらやましく思っていた。
 けれど同時にこうも考えていた。
 猫だから働かなくても叱られないで良かったァとか、ただでご飯がもらえるからラッキーとか、寂しいときはいつも主人が撫でてくれるから幸せェとか、猫として猫並みの幸せも感じていた。
 切符も買えないし、駅に忍び込んで追い出された経験もあるが、今日みたいに冬の寒い朝に、好きなだけ室内でゴロゴロできることが幸せなことも知っていた。
 でも退屈が――ため息が出ると、窓の外に視線を投げる。――だれかァ、来て。ひまだひまだひまだひまだひまだひまだ………。

 
 テンポ良く駅へと進む雑踏を離れて何か黒いものが近づいてきた。
 うん?あれは――?
〈――あれは、旅ねこのチャーリーだ!〉
 シャンティ―は窓台から飛び降り、カウンターで居眠りをしている店主の足元に駆け寄ると、足にすりすりしてニャーニャー鳴いた。
「起きて、店長。友達がきたんだ。おい、てんちょおう」
 店長はうつぶせに寝ていた。顔を上げると薄目を開けた。
「客か?」
「違う、友達。てか、ヨダレすげえな」
 店長は手の平で顔をごしごしこすった。両手の甲には入れ墨が彫ってあった。左に鶴で右に亀の絵だ。
 まあまあ酔ってるときに見せてくる。どうだ俺は長生きできるぜ?と喜んでいる。
 シャンティーを見下ろして店長は言った。
「ああ。外に出たいのか。わかった」
 鐘がカランとなってドアが開いた。シャンティ―は外に出た。
「チャーリー!」
「よお、シャンティー」
 黒猫は言った
「久しぶりじゃん」
 シャンティ―はチャーリーの周囲をぐるぐる回った。
「今回はどこに行ってたの?」
「海だ」
「わお、すげえ!」
 シャンティーは叫んだ。
「こんど、私も連れてって、行きたい行きたい行きたい」
 チャーリーは首を左右に振って言った。
「やめとけ」
「なんで?」
「つらいだけだ」
「え?」
 黒猫は後退りした。
「俺をよく見てみな?」
 シャンティーはじっとチャーリーを見ていたがハッと気づいた。
「あんた、シッポが……」
 黒猫は寂しそうに言った。
「そう。真ん中からちぎれてる」
「なんで!この前はあったじゃん?」
 黒猫は笑った。
「自由の代償とでも言うか」
 シャンティ―は唖然として言った。
「……なにそれ」
 チャーリーは言った。
「おまえらがうらやましい」
「え?」
「もう疲れた」
「なにが?」
 チャーリーの金色の眼がだんだんと光を失っていくのがわかった。黒猫は言った。
「――飼い猫になりたかった」
「ちょっと、チャーリー!」
 チャーリーは蜃気楼のように霞んでシャンティ―の前から姿を消した。
「チャーリー!ちょっと、チャーリー!」
 シャンティ―はその場に立ち尽くした。

 
 
 シャンティ―は古着屋の看板の前に座っていた。にぎやかな商店街に夕日が差し込んでいた。
 カランと音が鳴って、入れ墨の店主が姿を見せた。
「おまえ、六時間もなにしてたんだ?」
 シャンティーは店主の顔を見た。
 店主はニッコリした。
「この新作の首の入れ墨見てくれよ、猫を彫ったんだ」
 シャンティ―は首を凝視した。
 店主は得意げに言った。
「黒猫さ。いいだろ?」



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