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PGTⅡ. 発表した論文について

アメリカ生殖医学会の学会誌 Journal of Assisted Reproduction and Genetics 2023年1月号にPGT-Aについての論文を発表しました。

私は神戸の大谷レディスクリニックで長年PGT-A・SRにかかわっていました。大谷では2004年よりPGTを行っており、多くの患者さんの貴重な治療成績が蓄積されていたのですが、学会などで発表しようとしても、産科婦人科学会の取り決めに反して実施している検査、治療については、日本ではどの学会でも発表する場は与えられませんでした。
そこで、英語で論文を書いて海外のジャーナルに投稿することにしたわけです。
共同執筆者も、指導してくれる研究者もなく、英語も書けない。not orthodoxと言われたって何がorthodoxなのかも知らない、統計もわからない、孤立無援状態だったのですが、論文の査読をしてくれる海外の第一線の研究者の先生方がリバイスを通じて適切なアドバイスや提案をしてくださり、採用され発表することが出来ました。
日本ではPGTをしていなかったので、研究者もPGTのことを何も知らない、まともな討論にもならない中、非常に勉強になり素晴らしい体験をさせていただきました。
 
この論文の独自性は、
①  体外受精を開始するときからPGT-Aを選択する患者さんがいたこと。
現在日本では産科婦人科学会の認可施設で学会の取り決めに従った形でPGTが行われているので、初回の体外受精からPGT-Aという選択ができるのは流産を繰り返した場合に限られます。
②  移植の不成功を繰り返したのちPGT-Aを希望して来院する患者さんが大勢いたこと。海外ではPGT-Aや卵子提供が行われておりこのような患者さんのデータはありませんでした。当時、大谷には10回も20回も移植しても出産できないという方が全国から集まってきていました。
③  日本で唯一多くのPGTを行っていたクリニックだったので、胚盤胞作成、バイオプシ―、PGT検査に関するスタッフの熟練度は高く、技術的な精度が非常に高かったこと。
これらの点から、この論文は大谷でしか書くことのできない論文だったと考えています。

バックグラウンド 海外でのPGT-Aの有効性の評価

検査方法が進化し、胚盤胞バイオプシ―、アレイCGH・NGS法によりPGT-A検査の精度が上がったので、PGT-Aの有効性が明確になるとの期待のもと、多くの論文が発表されましたが、いまだに有効かどうかの議論に決着はついていません。

RTCランダム化比較試験
論争の終結を目指した行われた2つの多国籍、多施設のRTC(研究の対象者を、PGT-Aを行うグループと行わないグループにランダムに分け比較検討する研究方法)の結果からはPGT-Aの有効性は明確になりませんでした。

①  胚盤胞バイオプシ―、NGS法で行われたSTAR研究 (Single Embryo Transfer of Euploid Embryo)では、PGT-Aを行った場合と行わない場合で、治療毎、あるいは移植毎の妊娠継続率、着床率、流産率に差はなかった、PGT-Aが体外受精の経過を改善できるとは言えないとの結論でした。
ただし、この研究は胚盤胞が2個以上獲得できた比較的年齢の若い(33.7±3.6歳)経過良好患者が研究対象であることに注目する必要があります。また、比較的高齢患者(35-40歳)では優位に出産率が上がっていたこと、クリニック毎、検査施設毎の差は大きかったということが報告されています。(Munne et.al Fertility and Sterility® Vol. 112, No. 6, December 2019)
 
②  極体を用いアレイCGHで行われたESTEEM研究 (ESHRE Study, into the evaluation of oocyte Euploidy by microarray analysis)では、1年間の研究期間において、PGT-Aグループでは移植に至った患者数、流産率は有意に少なかったが、PGT-Aの有無により出産率に差はなかった。
この研究は比較的年齢の高い(38.6±1.4歳)患者が対象となっており、PGT-Aグループは1個胚移植を行った割合が高く、移植回数、移植胚の数あたりの出産率は有意に高く、双胎の割合は低いということも報告されていて、患者の負担を軽減できているという意味での効果はあると考えられます。(Verpoest et.al Human Reproduction, Vol.33, No.9 pp. 1767–1776, 2018)
 
IVFのデータベースを用いた研究
英国及び米国のデータベースを用いてPGT-Aの有効性を検討した論文があります。研究結果には大きな隔たりがあります。
 
①   英国のUnited Kingdom (UK) Human Embryology and Fertilization Authority (HFEA) data collectionを用いた研究では、すべての年齢層でPGT-A実施グループの移植胚数は少なく、治療周期あたり・移植周期あたり共に出産率が高く、PGT-Aの効果は明確だと結論付けられています。コメントとして、PGT-Aグループの成績が良いのは技術力の高い施設で行われているからかもしれないと考察されています。(Sanders et.al Journal of Assisted Reproduction and Genetics (2021) 38:3277–3285)
 
②   米国のSociety for Assisted Reproductive Technology Clinic Outcome Reporting System (SART CORS) database を用いた研究では、多胎率、流早産率は下がり、移植当たりの出産率は上がるが、40歳以下の患者では治療周期当たりの出産率は有意に減少する。これはバイオプシ―時の胚の損傷、モザイク胚の非移植の影響の可能性があると報告しています。(Kucherov et.al Journal of Assisted Reproduction and Genetics (2023) 40:137–149 )

この2つの研究で結果が異なる原因の一つとして、英国と米国でPGT-Aを受ける患者の割合が大きく異なるということがあげられると思います。英国の統計ではIVF治療患者の1.3%がPGT-Aを受けているにすぎませんが、米国の統計では26.5%です。
 
長年PGT-Aの有効性については世界中で議論が続けられてきましたが、結論は出ていません。米国やヨーロッパの学会では、「有効性を証明できるような信頼性の高い報告はない。PGT-Aを日常的な検査として行うことは推奨できない」と表明しています。
 
PGT-Aは単純に、「検査をすればIVF治療の成績を上げることができる」というような検査ではないということがわかってきたのだと思います。胚に手を加えれば傷む、どのような医学上の検査や治療も必要な人には重要だけれど、必要のない人には害になるというのは当然ですよね。
施設毎の技術力の違いは結果に大きく影響します。技術力の高い施設で治療を行えば、出産率はPGT-Aをしない場合に比べて低下することはないでしょう。
技術に問題がなければ、メリットは移植当たりの着床率の上昇、流産率の低下、何回も着床の可能性のない染色体異数性胚の移植に時間を費やす必要はなくなります。着床すれば、その後の流産は年齢にかかわらず減少します。これらは特に高齢の方にとっては大きなメリットとなります。
事前のカウンセリングで、患者さん自身にとってのメリット、デメリットを丁寧に検討する中で、PGT-Aを受けるか受けないのか決断することが大切です。

論文執筆に至る過程

クリニックのデータをまとめて論文にしようと考えた当時、私自身、海外でも多くの研究がされているのにPGTの有効性が明確にならないのは、技術的レベルが施設ごとにばらついているからだろう、当院の高い技術なら簡単に有効性を証明できるだろうと簡単に考えていました。実感として患者さんたちの成績は良く、多くの患者さんがPGT-Aを受けて良かったと考えておられたからです。
また評価の方法として、1回の治療当たり(1回採卵して獲得できた胚全ての移植を繰り返した結果)あるいは1回の移植後という短期間の経過について研究されていることが多かったのですが、本来、体外受精(IVF)の目的は治療を繰り返す中で患者さんが生児を獲得するということであり、PGT-A は体外受精 の補助的な手段なのだから、PGT-A も一定の期間治療をする中で、生児を獲得できるかという累積出産率について評価するべきと考えました。そこで患者さんが治療開始後第一子を出産するまでの期間、出産に至らなかった患者さんは全研究期間最長4年間追いかけた結果としての累積出産率(少なくとも1回の生児出産を経験した患者さんの割合)を評価することとしました。

ところが、PGT-Aを受けた患者さんと受けなかった患者さんに分けて累積出産率を計算してみるとPGT-Aを受けなかったグループの方が成績は良い。特に40歳以下の患者さんでは出産に至る確率は有意に高いのです。
これは実感とは異なる。どういうことなのか???

確かに、カウンセリングでは、若い人には有効性はあまり高くない、初めてIVFをする患者さんにはPGT なしでも十分生まれる可能性は高いと話している! PGT-A を受けに来る患者さんは「よそで治療をしてうまくいかなかった。」「さんざん移植の失敗をし、流産を繰り返した果てに、最後の砦だと思って来ました。」という患者さんが多い。その患者さんたちがPGT-A を受けると「出産出来ました。」と喜んでくれる。IVF 治療の不成功を経験している方に有効性が高いということなのではないのか?
初めてIVF 治療を開始する人と、IVF 治療が上手く行かない人ではPGT-A の有効性は異なるのではないのか?
初めてIVFを行う患者さんと、IVF 治療の経験はあるが不成功に終わった患者さん、別々にPGT-A の有無で累積出産率の違いを比べてみたら何かわかるのかもしれない。そうすれば、どんな患者さんにとってPGT-Aが有効なのかもはっきりするのではないのか?
以上のように考え、初めてIVF治療をするグループと、事前にIVF治療の不成功を経験している患者さんのグループに分けて、PGT-Aを行った場合と、行わない場合の治療経過を比較研究することにしました。

次回からは論文の内容をもとに解析結果の説明をしていきます。

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