03-絶望の奥にあるもの

遂にその日はやってきた。
4月というのに外は 薄っすら雪景色。

何度もシュミレーションを繰り返し
完璧なプランを立てたのに
いざとなると 心臓がバクバクと早い。

深夜2時、2階の窓を慎重に開ける。

真っ暗闇の中 白い地面を確認して
そのままザッと飛び降りる。

音は雪にかき消されたけど
裸足の足跡が どこまでも追いかけてくる。

運動場脇の壊れたフェンスをくぐり
寝巻きのまんま ひたすら走る。

後ろは振り返らない。返れない。

ひたすら走る。

半年にもなるのに
閉ざされた世界にいたせいで
見たこともないその町を
音を立てずに

走る走る走る。

大和川を越え 一気に山を駆け上る。
いま、誰かにみられたら THE ENDだ。

山の中腹の民家の裏に周り
雪で乾ききらなかった洗濯物から
一番目立たなそうなものを
そっと物干し竿から抜き取り着替え
闇にうずくまって 一息つく。

靴だ。
足の感覚が完全になくなってる。
血眼になって探す。
ない、靴は外にないのだ。

ふと自転車を見つける。
それに跨り 坂を駆け下り
ひたすら 走る 走る 走る。

車のビュンビュン走る中央環状線を
ひたすら立ち漕ぎで 走る 走る 走る。
夜が明ける前に どこかにつかなければ。

なにから逃げるのか
どこに逃げるのか
その先 なにが起こるのか

そんなこと どうだってよかった。

ただ ただ ひたすら 逃げる

少しでも遠く
少しでも遠くに

逃げるのだ。



あの時、あいつはいった。
「半年、頑張れば出してやる」と。
うち、めちゃくちゃ頑張った。
半年 ジッと耐えぬいた。

その日を指折り数えて待ったうちに
「そんなこといったっけ」
「それは まぁ無理やな」

それからすぐの 面会で
うち 初めて 「助けて」 っていった。
絶対いいたくなかったけど
「なぁ頼むから助けて」って。


だけど
黙って首は横に振られた。


そして決めた。

もうあかん。
大人を信じたらあかん。
信じたうちがアホやった。

逃げる。うちは逃げる。
もう 逃げる以外に道はない。

そうして 逃げた。


3日後
最後の最後まで走って走って走ったけど
とうとう追いつかれ  うちは捕まった。

あと少しで15歳になる春、
桜が綺麗に咲きほこる中
うちは完膚なきまでの
絶望の淵に ころげ落ちた。

肥大した自己万能感で
伸びきった鼻をベッキベキにへし折られ
自分の力ではどうにもできひんことが
あることを思い知らされる日々が
改めてはじまった。



施設(教護院)に戻されたうちには
地獄の日々が待ってた。

他のやつが寝静まったあと
壁に手をつかされ 竹刀がボロボロに
なるまで ケツを何十発も叩かれつづけた。

立ってるのがやっとやけど
意地でも 声を出さんかった。

そのあと パンツ姿で
夜中のグランドをひたすら走らされた。
グルグル グルグル 何十周も。

夜が明けるころ やっと寮舎に戻り
階段を上ったところにある
物置小屋にベットが置かれただけの
小さな部屋にパンツ一枚で監禁された。


もちろん 逃げたうちが悪い。
そうなることはわかってる。
そもそもうちが悪なのも。


だけどうちを騙した大人のことも
うちの助けてを拒絶し見捨てた身内のことも
誰も 一つも聞いてくれんかった。

なにをどう足掻いてもあかんかった。

めちゃめちゃ怖かった。

ここから先 誰のせいにもできひん
たった1人の人生が始まることが。

もう2度と誰にも自分を開くことが
できひんかもしれへんことが。

そこに閉じ込められた2週間。
うちはひたすら考えた。

そうしてうちは 目覚めた。

全部に存在を否定された以上
誰かのせいにしたところで
誰にも声が届かん以上

うちがうちを否定したら
もうその瞬間にうちは終わると。

ならば
うちが徹底的にうちの味方をし
うちがうちの力を取り戻す。

被害者ヅラや弱いふりをせず
誰にもコントロールも同情もされずに
うちはうちの道を行く。

うちが うちのすべてを
そのまんま抱きしめると。

そのとき ふわっと
WEの世界のしっぽをみた気がした。
全部がつながってる世界のしっぽを。




世の中のすべてが
YOUを 否定しているように感じる時
ほんまの意味で それを助けられるのは
YOU自身でしかない。

絶望的で
望みのまったくない
いや望みなんてこちらから
お断りさせていただきます的な
真っ暗闇の中にすくっと立つ
態度の 中にあるストレングスはなにものにも
代えがたいものやとうちは思う。

だから 歪んでるかもしれんけど
しんどい所にをいる人や
そこからサバイブした人が
誇らしく思えてしかたない。


大丈夫。
落ちても落ちても
YOU には それに耐えうる力が備わってる。

もし落ち始めてるなら
中途半端に 望みを持たず
自分から どん底に 飛び込んで行ったら

あれ、なんや 意外と生きてるやん、
めっちゃビビってたけど
うちもなかなかやれるやんって

絶望の奥にあるその場所に包まれた時
WEの世界につながって
それでも生きてる自分と出会い
地の底から湧き上がるようなパワーと
ぶれようのない根拠のない自信が手に入り
そこからブワーっと世界が広がりはじめるから。

宇宙を含めた
すべての存在は 固まることと拡がることを
交互に螺旋のように繰り返すらしい。

人間も おんなじように
とことん固まる時期と
めっちゃ拡がる時期が
螺旋みたいに交互にくる。

だから
誰かのせいにすることで
そいつにYOUの力を
明け渡してしまう前に

絶望をサバイブして
自分のことを
徹底的に受容して 抱きしめる。

受容っていうても
ポジティブってことじゃなくて

それをそれとして
引き受けるってこと。

嫌いなとこも
すきなとこも
純粋なことも
無粋なとこも
ズルイとこも
下らんとこも

そのまんま

あきらめるっていうか
サレンダーするっていうか
いわゆる能動的な降参。

全部を宇宙に明け渡す。
固まりきった先にある
WEのエナジーと
その拡がりにまかせきる。

いま になるとおもうけど
あの体験をあのタイミングで
プログラミングしてる
宇宙はほんまにすごい。

もしあれがなかったら
たぶんうちいまこんな風に
世の中を歩いてられへんもん。

だから全部の登場人物の
あまりの迫真の演技におののくとともに
うちのために ありがとうな〜みたいな
変な気持ちも湧いてきたりして
25年ぶりにその人にあったとき
おもわず ありがとう!って言いかけたけど
またそれ いうのもの
なんか違うなって気にもなったりして
それこそ完璧に寸分違わず
起きることは起きるようになってる
ってことがわかった次第なのですよ。はい。

でもだからっていつまでも
過去の傷とか出来事にばっかり
力を与えるのも違うくて
そんなもんはさっさと置いてこれるなら
おいてくるんがええとおもう。

じゃぁなんでこんなん書いてんのん
って自己矛盾を抱えてるけど
うちのいまを生きるバックボーンに
つながってる気がして
なんか勝手に書いてもうた。恥ずかしいけど。


25年経ってその施設の門を通る時
身体がガタガタ震えてとまらんかった。
でもうちは それを乗り越えたかった。


暴力は 萎縮する身体と引きつった笑顔 以外
何も生まん ほんま クソ
そして いつまでも人の体も心を蝕む。


こんなんいうてる
うちもやられただけじゃない。

若い頃 うちも傷つけてしまったことがある。
それは もう謝っても謝り切られへんし
なんのいいわけもできひんけど
ほんまに ほんまに ごめんなさい。
いつまでもいつまでも
その気持ちは消えずうちの中にあるから
いまこんな風にいきてるんやとおもいます。


もし虐待やDV、いじめや
暴力にさらされてるなら
いますぐ 逃げて。

誰も助けてくれんかもしれんけど
自分を助けられる自分になれるから。


そして
もしそれをやってしまってるなら
いますぐやめる勇気をもと。
相手を傷つけるのと同じだけ
自分をめちゃくちゃ傷をつけてるし
その傷はどうあがいても
死ぬまで消えへんから。



絶望の奥にあるものを
味わえる魂は その深みによって
人を憂う ことができる 「優」しい 魂。

なんか重い感じになってもうたけど
そんな優しさであふれるWEの世界が
ここにすでにあることを
うちは 知ってたいから。


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