【連載小説】最後の眠り姫(102)
前話
牧草地域を抜けるとまた荒れ地が待っていた。最果ての地にどんどん近づいていく。不安が大きく膨らんでいく。
「大丈夫。いつものエミーリエでいればいいよ」
いつものように流れっぱなしになっていたクルトが運転しながら明るく言う。
「エミーリエと姉上の大きな愛があれば万事うまく行くよ」
「どうして、そう言い切れるの?」
「自分の子よりヴィーを優先させた君が誰にも負けるはずがない。姉上も母親だ。母の愛は大きい。きっとヴィーを守ってくれるよ」
「そうね。私もお母様に何度も救われたわ。あんな母親になりたいわ」
そこへ話題となっているヴィルヘルムが口をはさむ。
「僕のことを僕ほったらかしで話さないでよ」
「だって。ヴィーはヴィーのままでいればいいんだもの。守るのは私たちよ。それに返しに行くの。物をね。ヴィーを渡しに行くんじゃないわ」
「そうそう。あの物騒なものをさっさと返したいだけなんだからね。ヴィーも固くなる必要はないよ」
クルトが気軽に言う。
「そんなに簡単に済むといいのですが……」
前からヴィルヘルムから何かを聞いているのかフリーデが不安そうに言う。手を固く握りしめている。
「フリーデ」
握りしめた手の上に手を重ねる。
「何かヴィーが言ったの?」
「姉上!」
図星のようだった。ヴィルヘルム自身がばらしてくれている。
「以前、私にはもっと似合う人がいるんじゃないか、って。ヴィーは神官として最果ての地に行ってしまうんじゃないかってずっとそんな気がしていました。でも、そんなの……」
わっとフリーデが泣き出す。
「ヴィー。フリーデを泣かせた罪は重いわよ」
「ごめんなさい」
ヴィルヘルムがしゅん、とする。助手席にいるヴィルヘルムの頭をクルトが片手でぐりぐりする。
「わかっていたらいい。俺たちはお前を返すつもりなんて毛頭ない。そもそもそっち側の人間だなんて思ったこともない。だから、フリーデももう泣き止んで。きっとヴィーは行かないから。そんなフリーデを置いていく子じゃないよ」
「兄上……」
クルトを見つめるヴィルヘルムの瞳は不思議な色に透き通っていた。見たことのない純真すぎる色。あれが、もともとのヴィーの瞳の色なのかしら。
「あたり。俺の奥さんは相変わらず賢いね。そうだよ。あの目がヴィルヘルムの元々の色だよ。いつしか色が変わってしまってね。母上も首をかしげていたよ」
「僕の元々の色の目?」
聞いて慌ててヴィルヘルムが自分の目をミラーでみるけれど、もう戻っていて見ることはできないようだった。
「姉上。どんな色でしたか?」
「それが言いようのない不思議な透明な色、としか。純粋な色、だったわ。お母様似などではない印象よ。あくまでも印象を受けただけだからクルトの方がもっとよくわかってるんじゃないかしら」
「旦那様」
「ああ。そうね。旦那様がよく知ってるわよ」
「とは言いつつ、僕も説明しようとするとなかなかあの色は説明できないんだよ。まだ、赤ちゃんの頃に変わってしまってね。ほとんどの人がヴィーの目の色のことは覚えてない。家族だけだよ。覚えているのは」
そうなんですか、とがっかりしてヴィルヘルムが言う。
「神官の務めを返せば元に戻るかもしれないわ。でも、同時に魔力も失うかもしれないわね。神官として魔力を持っているのだから」
「それじゃ、僕はもう姉上たちを守れないの?」
ショックを受けた声だった。自分のよりどころはいつも魔力だったのかもしれない。
「違う形で守れるわ。例えば、その頭の良さを使って、とか。剣を習えば剣でも守れるわ。守る方法はさまざまよ」
様々……、とヴィルヘルムは私の言葉をかみしめている。いつしかそんなヴィルヘルムをフリーデは必死のまなざしでみつめていた。肩をポンポン叩く。
「フリーデ。大丈夫。私たちのヴィーよ。信じましょう」
「エミーリエ様……」
「母は強し、だね。さぁ、今日の宿が決まったよ」
目の前にお姉様たちの車があった。今日の宿はここなのね。
「ここはどういう土地なの? 遺跡はあるの?」
にこにこ顔で聞く私をクルトはそっと連れ出しながら車のカギをヴィルヘルムに預ける。
「たまにはいちゃいちゃしとけ」
「あ。兄上!」
ヴィルヘルムが焦っている。珍しい顔ね、と思っているうちに私は旦那様にまた部屋にそのまま抱き上げられて連れていかれたのだった。
あとがき
少し寝坊したのでスマホから更新。歩くかどうか悩み中。そして最新話ではラスボス編に接近中。ようやく、です。今日は51日目。新しい所に踏み出しました。これからもよろしくお願いします。ここまで読んでくださってありがとうございました。
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