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【再掲連載小説】ファンタジー恋愛小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (3)再編集版

前話

 私は甲板で海風に髪の毛を遊ばせていた。
 ここはもう、生まれ育った国の上ではない。海の上だ。ウルガーは借金をどうやってだれに返したのかも教えなかったけれど、完済の書類を持って戻ってきた。しばらく、領地や屋敷や使用人のことでばたばたしてたけれど、私とお父様は荷物一つ持つぐらいでこの船に乗った。執事のアルバンがどうしても、というので身寄りもないアルバンだからいいだろう、と父の世話をする人間としてきてもらった。それもウルガーが賃金を払うこととなって。アルバンは断ってお金の問題ではないと、主張していたけれど、結局はウルガーの方と私の方の通訳として契約を結んだ。ウルガーは私の国の言葉を上手に話していたけれど、国は海の向こう。当然、文化も言語も違う。この年でそんな体験をするとは思わなかった。勉強しておけば良かったっ、とつくづく後悔したけれど、後悔先に立たず。ウルガーとエルノーを教師に言語を学ぶ日々。時々、こうして甲板に上がって海風と一緒にいるのが心地よかった。
 でも。でもよっ? 国の王様にいらんといわれればそれまで。王子のしかも権力のない王子の言う事なんて聞くのかしら?
「また、甲板に上がって。女の子には危険だよ。波だってかかるし」
 ウルガーが私を探してやってくる。一応借金のカタだけど、心まで明け渡すつもりはない。なんせ、相手も心を明け渡す気がないんだから。仮面夫婦よっ。こうなりゃ。家庭内別居でもして離縁に持ち込むつもりだった。まぁ、向こうに離婚制度があるかないかはしらないけれど。ウルガーの国のことはほとんど知らない。まさか、行くなんて思ってないもの。私の心は長らく祖国の王子様の物だった。それがよ? 急にお隣の、しかも、海の向こうの国ってっ。
「また、何か考えこんでいるね。ゼルマ」
 ウルガーが私の顔をのぞき込む。私はつん、とそっぽを向く。
「いいよ。離縁でも何でも考えて頭を忙しくしてれば、ホームシックにもかからないしね」
「とっくにホームシックよっ。お母様のお墓はあっちにあるのよっ。もう二度と見れないんだから」
 母のこととなると私は途端に弱くなる。目に涙がたまる。こんな泣き虫姫じゃないのに。幼い頃病弱だったお母様と、あやとりをして遊んだ日々がなつかしい。
「また、連れてきてあげるよ」
 そう言ってまた軽く頬キスする。私は固まる。好きでもない相手からキスされて、思春期の姫はどうすればいいの? 借金のカタとしては拒否はできない。でもそれ以上もできない。私の心は誰のものでもない。自分一人の物だった。ウルガーは頼りになる。でも好きとかそういう感情はなかった。お兄ちゃん、というのが妥当なところ。
「また、固まってる。それぐらいで固まってたら結婚できないよ?」
「それでいいわよ。借金のカタに嫁ぐんだから適当でいいわよ」
 何か違和感を覚えながらも私はそう答えていた。

「あっという間に着くのね。あれは馬車? 前にいるのは馬じゃないようだけど?」
 一ヶ月もしないうちにウルガー王子の国、エリシュオン国にたどり着いた。目の前で待っていたのは馬がひく馬車ではなく、人が前の御者台に乗って棒を持っていた。
「ああ。アクセルとブレーキだよ」
「あぁ・・・? ぶ?」
 よほど私がきょとんとしていたのか、ウルガー王子がゲラゲラ笑う。
「君がそんな顔をするとは思わなかったよ。俺の姫」
「ちょっとっ。人の亊げらげら笑って。ゼルマっていうちゃんとした名前があるわよっ」
 私も急に笑われたのがきっかけになっていつもの調子に戻る。もう一ヶ月も前の私に。父が倒れてからというもの心はずっと気が張り詰めていた。ウルガーの闇にも気になっていたし、第一、ついて行くという使用人達に諦めてもらうために散々説得して諦めてもらったのだ。その苦労の成果の末にたどり着いて感想を言っただけなのにげらげら笑うんだもの。怒るのは、当然よっ。だいたい、姫しか呼ばないし。
「姫は姫だ。そうだな。その内、正妃殿下と呼ばれるよ。慣れておくといいよ。おれの妃殿下」
 そう言ってまた頬にキスする。また、固まるじゃないのっ。避けたい一方で避けられない理由の板挟みで固まってるんだからっ。
「いつか返してもらえるまではほっぺにちゅー」
「馬鹿王子!」
「なんとでも。さぁ、父君を連れて行くよ」
 父は車輪の着いた椅子に座っていた。起き上がれるようにはなった。
「あの椅子動くの?」
 車椅子、という言葉がぽん、と浮かんだ。ここに来る前の記憶と、すぐわかった。今の私の意識下に眠ってしまった、過去の記憶。もう、両親の顔は今の両親の顔だった。友達もなにもかもすり替わっていた。私は、元の世界に戻ることを諦めていた。この国で、この世界で生きていこうと必死だった。
「その顔は知ってるの?」
「知識だけはね」
 私は正直に言う。今更、取り繕う立っても無理だもの。
「君の知識がどこまでかは知らないけれど、あれは後ろを押すと動くよ。今、自動で動く車椅子を開発しているけれど、動力の点で難しくてね」
「ああ。動力ね」
 私も自然に納得している。過去の世界の知識からわかるのだ。どういうことというのはもう意識下に眠っていて解らないけれど。
「姫は不思議だね。アクセルとブレーキを知らないのに車椅子のことは理解している。どうなってるの? その可愛い頭の中は」
「な・い・しょ」
 可愛らしくわざと言うと父の元へ行く。父は斜め板を使って馬車に乗るところだった。
「お父様。ゼルマを置いていかないで」
 乗り込むとちょこん、と座る。どこへ向かうのかは不安だったけれどウルガー王子の管轄内だとわかっていた。私はもう、ウルガーが借金を払った所で訳あり姫なのだ。どんな亊が待ち受けていてもこれ以上悪くなりようないと思っていた。それが遥かに飛び越えた身分になるとも知らず。
「ここ?」
 馬車から降りて車椅子の持ち手を持って私は大きな建物を見上げていた。
「そんなに見上げていると首が痛くなるよ」
 そう言ってウルガーはすたすた歩き出す。
「まってよっ」
 私は車椅子を思いっきり押しながらウルガーの後を追う。
「俺はこれから父と母の元へ出向くけど、姫は、ゼルマは、エルノーについて行って華の宮に行けばいいよ」
「宮? まさか・・・」
「俺、専用の後宮施設。俺、一応正妃の一人息子だから王太子なんだよ」
 なんでそれをもっと早く言わないのーっ。借金のカタになんかならなかったのにっ。
「言ったら、申し出断ってるだろ?」
「当たり前よっ。夫を多くの妻と取り合う気は無いわっ」
 脱走計画を立てていたものの、一夫多妻制は大嫌いだった。
「大丈夫。俺の妃はゼルマしかいないから。じゃね。姫」
 また頬にキスする。
「次からはちゅーって言ってするから避けようと思えば避けられるよ」
「その予告の言葉はなんなのっ」
 かみついてばかりだけど神経がとがってしまった。あまりの事実に。
「ごめん。気を立たせることをしたんだね。予告はするから好きにして。じゃ。ゼルマ。またね。エルノー後を頼んだ」
「はい。王子」
 最後の言葉は真剣だった。本当にこの後宮制度がある中で妃を一人に絞れるのかしら。でも、エルノーはそんな疑問を浮かべている私に着いてくるよう言う。
「エルノー。本当に妃を一人に絞るの? 後宮っていろんな部屋があるんじゃないの」
 つまり、それだけの妃や側室や妾を養えるのだ。
「全部、ゼルマ様のお部屋です。好きなお部屋をお選びください」
 車椅子の持ち手を持ってエルノーが向かう。私は必死について行く。荷物はそんなにない。その荷物さえ、使用人の方々が持ってきてくれている。手ぶらの私は手をどうしていいか解らないまま、エルノーについて行く。後宮というものに近づいた頃にはかぐわしい香りがしてきた。
「これは・・・、金木犀?」
「そうでございます。金木犀のお部屋になさいますか?」
「ええ。そうします。お母様が金木犀を大好きだったの」
「そうでございましたか」
 やや微笑んだ気がしたのは気のせいかしら。エルノーもアルバンも執事という職業に就く人種は表情をめったに変えない。
「こちらがキンモクセイの宮となっております。他の花々も季節によって変りますからお部屋を代えても大丈夫です。すべて、ゼルマ様用にと仰せつかっておりますので。また、足りない物がありましたなら女官にお申し出ください」
「女官?」
「女性だけの使用人でございます。この宮にはウルガー様以外は入宮禁止となっております。ただ、現在は父君もおられますから、そのお世話にアルバンと私は入って良いことになっております。アーダ」
 女性らしき名前を呼ぶと中年の女性が入ってきた。
「同じ年頃の女官も手配しますが、当分の間、このアーダを女官としてお使いください。それでは」
 そう言ってエルノーは去って行く。
「えーと」
 アーダを前にして何を言えばいいのかさっぱり解らない私。この国での第一関門が待っていた。
「ええと・・・アーダ? 私はゼルマ」
 相手に指をさして名前を呼んで今度は自分の方を指して名前を言う。
「はい。ゼルマ姫様とお伺いしておりました」
 流ちょうな故郷の国の発音に私は固まる。
「え」
「ゼルマ姫様のお国と同じ出身です。夫がこの国の出身です。姫様は今、おいくつに?」
「十六よ。もうすぐ十七」
「ウルガー王太子様は二十歳です。理想的な年齢ですね。一向にお妃をもらわないと仰って周りはひどく気にしていたのですよ。何か足りない物があればおっしゃってください。長旅でお疲れでしょう。お風呂でもお入りになって、ゆっくりご夕食をお楽しみください」
「お風呂って・・・えーと。湯浴みとか言わないの? 浴槽はどこ?」
「そのお手洗いの隣に設置されています。私も来た当初は驚きました。一部屋の中に全部揃っているのですから。
「ワンルームマンショみたいなものか」
 不意に、現代のたとえが浮かび上がってくる。その事に私は慌てる。私はどこの人間なの?
「わん?」
「ああ。一人言よ。気にしないで。これだけ揃っていれば、私一人で十分よ。別の子を探さなくてもいいから」
「でも、おしゃべり相手は必要です。一人でおられてはウルガー王太子も気になさいます」
「そう? だったら今度連れてきて。年上がいいわ。お姉さんが欲しかったの」
 にっこり笑って言うとアーダも笑顔になる。笑顔って万国共通なのね。
「では、どうぞ、お風呂に。着替えは置いておきます。当分、あちらの服がよろしいでしょう。着やすい物を身につけている方が安心ですからね。こちらの国の服はまたあつらえるとのことです」
「そんなお金のかかることしなくても。一般の服でいいわよ」
「王太子妃殿下ともあろう方が、一般の服では示しがつきません。しっかりあつらえさせて頂きます」
 アーダも頑固者のよう。作ると言って聞かない。借金のカタの相手にすることじゃないわ。諦めてわかった、と言う。当分、一般人として逃亡するのは無理ね。頭のどこかにいつも逃げることがあった。その辺の畑でも耕して生きていくという道を考えていた。アーダは納得すると下がる。
「お風呂ね」
 温水と冷水が出るようになってる。流石に温度管理はないけど。
 お風呂に湯を張りながら私はうとうとと眠ってしまっていた。


あとがき
再編集版は長いんです。すみません。これが終わるのがいつか、というのもわからなくて。24まで作ったんですが、その後もまだ掲載分が終わらなくて。最後の方は一話ずつになっているのですが、それまではこの長ったらしいのが続きます。たまの更新なので、わからない方もいるかもしれませんが、気を長く、お付き合い下さいませ。あらすじいるのかしら?
 まとめきれないけれど。170日前後かけて載せてきたのでそれぐらいは続くかもしれません。でも一話4000~5000字に絞っているのでそんなに長いわけではないですが。「絆の誓い」の方が長い。
ここまで読んで下さってありがとうございました。次回も長い間空きますがよろしくお願いします。

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