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【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (39) 再編集版

前話

よく朝、目を覚ますとウルガーが椅子に寄りかかって眠っていた。そっと前髪に触れる。
「ゼルマ、大丈夫かい? 随分泣いていたけれど」
「ええ。昔を思い出して・・・」
 そう言って手元にある手鏡で自分を見る。夜着も着ないまま服のままで寝て、目は真っ赤に腫れていた。
「あら、やだ。こんなに目が腫れて」
「大丈夫。これでアイシングして。それから目薬。よく効くよ」
「あ。ありがとう。でも、ここは乙女の寝所よ。よくお母様が許したわね」
 目薬をさしているととんでもない言葉が降ってきた。
「こんなゼルマを襲えるものなら襲ってみなさい、って言われた」
「お母様!」
「はい。なんですか?」
 お母様が顔を出す。
「なな・・・なんというけしかけ方をするんですか!」
「でも、大丈夫だったでしょう? ウルガーだって、泣きじゃくっている女性を襲いませんよ」
「万が一があればどうするんですか!!」
「婚礼が早まるだけね」
「お母様ー!」
 ローズウッドのお盆を持ってミムラサキの宮でお母様を追い回す。
「まだ、もうろくしてませんよ」
「あ。大お母様、姉上。おはようございます」
 クルヴァが礼儀正しく挨拶をする。タピオは私みたいに目を腫らしている。
「タピオ、さっき、ウルガーが真っ赤になった目を治す目薬をくれたの。つかう?」
 そこへ、たんまー、というウルガーの声が割入った。
「子供には子供用の目薬にしなきゃ」
「タピオは子供じゃないもん!」
「子供だろう。僕達」
 クルヴァが突っ込む。お母様がどんな手を使ったのかわからないけれど、少しだけ、二人に光が差し込んだみたい。これから守っていこう。この幼子達を。そう誓った、夏の朝だった。

「こらー。いたずら坊主達ー」
 今日も私は作業着姿でいたずらを仕掛けてきた双子の弟達を追い回す。首都に即帰還する案も上がったけれど、まだ、病は小康状態にもなっていない。
ある程度の患者がいる中に私を入れるわけにはいかない、とウルガーは言う。そして、ここで菜園の手伝いをして双子の弟達に気持ちの整理をつけさせよう、というのが大方の考えだった。エリーサ様の喪も明けぬうちに婚礼をするのか、というのもあるし、悲しい目をした弟達の目の前で幸せにはなれないと思えた。レテ姫には悪いけれど。いいわよ、とそんな声が聞こえる気がする。その代わり、借りは返してもらうわよ、という言葉も夢のどこかで聞いた気がした。どんな借りを返すのか恐ろしくて考えたくもないけれど。
 そして今日も弟を追い回す。ウルガーはワクチンの改良版を日夜作っている。顔を合わせるのは食事の時だけ。少し寂しいけれど、もうエリーサ様みたいな人を、クルヴァ達のような子を出したくなかった。なので、今日も兄弟を追い回す。
「ゼルマ! そのばたばたスコップを振り回すのだけはおやめなさい!」
 お母様の突っ込みが入る。その後ろに虎の威を借る狐が二匹いる。
「お母様! いたずらを仕掛けたのはこの二人ですよ。事もあろうに女性のドレスをめくってパンチラなんて言葉言うのですよ!」
「まぁ。タピオね。そんな事をしたのは。クルヴァはしませんよ。そんな事」
「クルヴァもしたー」
 タピオは告げ口するがクルヴァは違うと首を横に振る。
「ほーら。そんないたずら出来る子はタピオぐらいよ。誰から教わったの!」
「俺。パンチラ!」
 ばっとウルガーがスカートをめくる。
「ちょ、ウルガー! あなたなの? 入れ知恵したのは!」
「菌の増殖を待っている間ひまだからタピオとクルヴァにゼルマを頼む、とお願いしたの。浮気してないだろうね?」
「焼き餅妬いてそんな入れ知恵したの?」
 怒髪天を衝くとはこのことだ。姫君にする事ではない。
「一人で研究していて聞こえてくるのはゼルマの怒鳴り声だけなんだ。誰を追っかけ回しているかわからないから、いたずらして気を向かせないことにしたんだよ」
「どういう神経してるの!」
 ばこーん!
 久々にローズウッドのお盆制裁が発動した。
「ちょっと。可動式持ち歩くのやめて。それ、一番、痛いんだから」
「毎回のいたずらの入れ知恵もあなたね。菜園でずーっと一人で雑草抜きさせるわよ!」
「えー。ゼルマもいないとしないー」
「ウルガー! あなたまで子供になってどうするの。研究のストレス発散なら付き合ってあげるのに」
「ホント?」
 ウルガーの顔が輝く。嫌な予感がする。
「ちゅー」
 ウルガーの「ちゅー」が再始動した。もちろん、お母様の大きなローズウッドのお盆で制裁を発動させる。
「女性全員を敵に回す気?」
 私の後ろにずらりと既婚女性が並ぶ。そこれこそ虎の威を借る狐、よ。
「ひえー。タピオ、クルヴァ! 行くぞ!」
 悪ガキ王子はミニ悪ガキ王子を連れて逃げていく。また入れ知恵しないといいけれど。でもタピオもクルヴァも楽しそうだった。それだけが、私の中では救いだった。いつか、一人で愛する家族を失った気持ちを乗り越えないといけない日が来る。その日までは笑っていてほしい。これは双子でも一人一人片付けないといけない問題。いつまでも男子が消えた扉の向こうを見つめる。そっと、肩に手がかけられる。振り返らなくてもわかる。お母様だった。

秋には死者の名前を読み上げて、尊ぶ習慣がある。私の国では教会の礼拝で行われていたけれど、この国では神殿で神官が読み上げる。その日に合わせて、私達は首都に帰った。
 宮殿内の神殿で大神官様が亡くなった人の名前を読み上げる。ある程度時間が経っている死者は読み上げられないけれど、エリーサ様の名前は読み上げられた。そして、私のお父様とお母様の名も。悲しみがこみ上げて涙が出た。あの冬の日、逝ってしまったお父様。そして知らないうちにいなくなったお母様。タピオもクルヴァも看取ることの出来なかった悲しみを感じレいるようだった。子供はこの場にはあまり、出入りはしないけれど、ウルガーと国王様のたっての願いで実現した。双子の義理の弟達は懸命に涙をこらえていた。お母様と国王様の間に挟まって手を繋いでいた。孫ほどの幼い息子の心を癒やそうとお二人はなさっていた。
街の小さな神殿でも似たような光景が繰り広げられているのだろう。今年は特に多いだろう。インフルエンザで亡くなった人はあまたいるから。お互いに慰め合いながら名前を心に刻んでいるのだろう。長いような短いような神殿の儀式が終わる。そのまま終わるはずの例年だけど、今年は違った。エリーサ様の納骨があった。小さな遺骨箱を二つ二人は抱えた。そしてお母様と国王様の後に続いて王族の墓がある地下墓地に行く。エリーサ様の墓標が一番最初にあった。そこで、大神官様がまた祈りの儀式を始める。タピオとクルヴァは何を言ってるのか解っていないようだった。ただ、出てくるエリーサ様の名前に涙を浮かべていた。看取ることも叶わず、直面するときにはもう骨となって顔も何もかも覚えることができなかった。そのつらさを思うと涙が伝う。ウルガーが手を握っていてくれた。
 長い詠唱が終わる。
「さぁ。お母様のお骨をこのお墓の中に入れてお揚げなさい」
 神官が出した納骨の空間を見て二人は固まっていた。
「母上、こんな冷たいところにいないといけないの?」
 タピオの言葉が涙を誘った。
「そこが、亡くなった人の場所なのですよ。王家の人々は無くなるとみんなお墓に入るのですよ。さぁ、安らかに眠れるように入れてお上げなさい」
 お母様が促す。国王様は泣いておられた。
 小さな手で納骨される。納めて二人はどういう感情を持てばいいのか解らないようだった。私は、ウルガーの手から離れて二人の元へ歩を進める。
「見て。隣のお墓には私のお父様の骨とお母様の遺髪が納められているの。ここで私を見守りたいとお願いがあって、ここにいるの。また、お母様達に会いにお墓参りに来ましょう。お母様も二人の成長を楽しみにしていらっしゃるわ。あなた達がどんな大人になっていくかきっと天から見ていらっしゃるわ」
「母上、お空にいるの?」
 タピオが顔を上げた。涙で頬が濡れていた。それを拭って言う。
「そうよ。お空から二人が悪ガキ王子にならないようにしっかり見てるわ。もちろん、婚礼が遅れに遅れている私にお父様達はヒヤヒヤして見ているわ。うちの娘は何時結婚して孫を見せてくれるのか、って」
 最後は少し笑って言った。泣き笑いの顔だったかもしれないけれど。
「姉上、ハンカチ」
 クルヴァがハンカチを差し出す。
「クルヴァは優しいのね」
「タピオも!」
 ぶん、とタピオがぐちゃぐちゃのハンカチを突き出す。
「ありがとう。二人とも。私のお父様達にもお祈りしてあげて」
 私は二枚のハンカチを持って隣の墓に歩を進める。
「無事、病は治まりました。時が来れば輿入れいたします。安心して見守ってください」
 私は祈る。どこかでレテ姫も見ている気がした。ふっと、視線を移すとその隣はレテ姫の墓標が立っていた。
「レテ姫、もう少し待ってね。必ず行くから」
 私の決意の言葉にウルガーが後ろから抱きしめる。
「レテ姫はいつになっても待っていてくれるよ」
「そうね・・・」
「姉上、ハンカチ」
 クルヴァが言う。
「え?」
 またしても私は涙を流していた。それでタピオとクルヴァのハンカチで涙を拭った。
「いつの間に泣き虫になったのかしらね。ありがとう。これは洗濯して返すわね」
「あげる」
 二人は声をそろえて言う。
「母上も姉上に持っていて欲しいって言ってる。知らないのに祈ってくれたからって」
 タピオが言う。
「タピオ」
 私はしゃがみ込んで小さな弟をぎゅっと抱きしめたのだった。
いつまでたってもタピオを抱きしめて泣く私に皆、どうしていいのかわからないようで、誰も近づいてこなかった。やがて、ウルガーより大きな手が肩に乗った。
「姫君。いつまでも泣いているとご両親もエリーサ様も困るよ」
 涙で濡れた顔を見上げるとそこには会ったこともない人がいた。
「あの・・・」
 しゃくり上げながら、言うと、ウルガーに似た後頭部をぽりぽりかく仕草をした。また、ひと嵐が待っていた。


あとがき
スタバ二日目。明日は、仕事前なので行かないので、今日は堪能します。で、そろそろ超ショートショートのスピンオフストーリーが近づいてきました。短いので読んでいただけるとまた別の訳ありが見れると思います。よかったら読んでくださいね。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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