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【千字掌編】土曜夜に出会った人は菫のような人だった……。(土曜の夜には……。#30シリーズ完)

「中村さん、今日は面白いお嬢さんが来ますよ」
「面白い?」
「ほら。噂をすれば……」

「マスター」

 無邪気な声で声をかけてきたその女の子はショートカットの髪は爆発し、めがねをずらし、かなり着古した服をざっくばらんに着ていた。
 いや、女の子は失礼だ。しっかり大人の女性だった。姿があまりにも無防備で心配になった。

「愛海さん、どうぞ。ノンアルですね」
「はい」
 子犬が尻尾を振るかのごとくマスターになついている女性に伸はあっけにとられた。マスターと女性を交互に見ていると、マスターが言う。
「今、新進気鋭の新人作家さんですよ。ゴミ捨て場で会って仲良くなってね。Barの雰囲気を取材したいと言っていたのでお招きしました」
「新進気鋭って言い過ぎですよ。たまたま作家になれただけで。貧乏作家ですよ」
「って。第一作のファンタジーシリーズ売れてるのに」
「あれはGTPさんの助けがあってのこと。あまり使わないようにしてるんです。今日は男性一人ですか?」
「Barなんてはやりませんよ。今頃。残念でしたね。Barの男と女の会話を取材したいと言っておられましたから」
「ええ。最近は男女でこられる方は少ないんじゃないんですか?」
「お一人が多いですね」
「ずるーい。取材させてくれるって言ったのに」
「言いましたよ。愛海さんをお招きしたかっただけです」
「こんなおばさんを?」
 おばさん? 三十代に見えるが。伸はまじまじと見る。
「ちょうどいい。伸さんと男女の会話をしてはどうですか? 聞くのとするのとは大きな違いがありますよ」
「えー!!」 
 彼女は不満げだ。
「さぁ。こちらにお座りになって」
 作っていたノンアルのカクテルを出してマスターが言う。
「はぁい」
 不承不承、伸とはかなり離れた席に座るが、カクテルは伸の一つ開けた隣にある。
「カクテルはこちらですよ」
「もう」
 高い席を降りると仕方なくといった風にカクテルを置いてある席に座る。カクテルを持って色を様々な角度で見る愛海が面白くて伸は見てしまう。
「これ。スミレみたいなバイオレットね」
「では、これを愛海さん専用で『スミレ』と名付けましょう。来るといつでも作りますよ」
「そんな大金ありません」
 マスターとの掛け合いが面白くてつい聞いてしまう。そしてくすり、と笑う。だが、二人は半ば言い争いのような状態で気づいていない。いや、掛け合い漫才か。
「菫のような方ですね。あなたは、まさに。純真無垢なあの小さな花と一緒で」
「って、私が小さいと?」
 愛海の矛先が伸に変わる。愛海はきてからずっと話してる。そこは艶やかな華なのだが、その心は菫のように世慣れしていない小さな花にみえた。
「菫さん。私と結婚を前提にお付き合いしませんか?」
「はぁ?」
 愛海は驚きで目をまん丸くして伸を見つめた。

 ゼロ日婚がはやっているんだろうか。マスターは不思議に思う。あっちでもこっちでもゼロ日婚が続いていた。幸せそうだから安心しているが。

「じゃ、私の病気やらなんやら話させていただきましょうか?」
 挑戦的な視線に伸はにっこり笑う。
「どうぞ。暴露していてだいてかまいません。後から聞くとショックですからね」
「では、まず……」
 愛海は自分の病歴やら様々な話を話し始めた。その内容も伸にはたいしたことではなかった。逆にそれを乗り越えてきた愛海を尊敬した。
「これでもできます? 子供産めませんよ?」
「ええ。今なら特別養子縁組のでもとれますから気にしていません。あなたとならささやかな菫のような家庭が築けるような気がして」
「却下」
 愛海は伸の申し込みを拒絶した。
「私帰ります。あなたとは会いたくないわ」
 去り際、ほおに光っていたのは涙だろうか。マスターが言う。
「追いかけるなら今ですよ。繊細な人ですから」
「そうですね。ツケにしておいてください。菫さん!」
 

 その後、二人がどうなったかはマスターしかしらない。ただ、二人でBarに来ることが増えたことは確かだった。
 それが、すべてを物語っていた。


【あとがき】
またもドラゴンに負けたー。昨日引き分けでラジオで先制していて魔の六回に投手に悪魔の手が伸びた。と、野球愚痴はこれで。
このシリーズ、無限にあるような気がしていたのですが、「澄川市物語」を書くにあたって一度線引きをした方がいいと判断しました。愛海は第一話の主人公。相変わらず男はあっという間に結婚前提をだしてくる。一目惚れがおおい、最近の作品傾向。とりあえず、完結したシリーズがこれで増えた。読む人増えたらいいなー。完結しないと読んでもらえないことが多くて。長いから途中を待ちながらってのが嫌なんでしょうね。マイペースに読んでください。これで土曜の括りがなくなった。少し楽な執筆ペースになりそう。だけど、季語から抜け出せないのが困ったところ。ま。俳句再開したからいいけれど。しかし、おウチde俳句くらぶの写真兼題、どうも季節がひとつ前に行ってる気がする。露店って夏じゃないの? しらんけど。これは調べていない。イチゴのパフェを調べたら夏だった。先月のお題ですよ。これ。そういえば、サンデー作る予定だったマスター。なぜ、ノンアルのカクテルになったのやら。でもそれでは、この結末に行かなかっただろうな。どうなったかは読者様に委ねます。ほぼ決まってるようなものですが。ラストは千差万別のような。破局してしまいもう壊れちゃったとかむしろ順調にいってゴールインとか友達関係になったとか。様々なラストをお楽しみください。つたない作品シリーズでしたが、愛でていただきありがとうございました。次は澄川市物語にてお会いいたしましょう。他のファンタジーも続行です。これからもよろしくお願いします。

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