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【千字掌編】冬満月の土曜日に出会う人は……(土曜の夜には……。#25)

 冴は思わずお父さん、と口にした。冬満月の下に歩いているその人の上着は、亡くなった父のものとよく似ていた。姿がだぶり、冴の目に涙がにじむ。ふい、にその人物が振り向いた。冴はそれに気づかずその人物にそのまま突っ込んでしまった。
「今、お父さん、ていいました?」
 父とは似ても似つかない若い声に冴ははっとした。
「あ。すみません。亡くなった父の上着とよく似ていたからつい……。ご迷惑をおかけしました」
「ちょっと、待って」
 男性が背を翻そうとした冴の手首をつかむ。
「そんな、悲しい目のまま一人になっちゃだめだよ。近くにカフェがあるんだ。ココアでも飲まない?」
「え?」
 怒られるかと思いきや、お茶に誘われた。もうかなり遅い時間だ。こんな時間に開いているのだろか。
「大丈夫。あそこはそういうところだから」
 どういうことだろうか。そういうところとは……。
 しばらくとことこ歩く。民家が消え、静かな森がそばにあった。不審者なら殺人事件でも起こしそうなところだ。ところが、父と見まごうた男性は何も言わずとことこ冴の歩調に合わせて歩く。そしていきなり止まったかと思うと目の前に一軒のカフェがあった。
「カフェ・ノスタルジア……?」
「思い出を思い出すにはちょうどいい店です」
 男性も少し哀し気で遠い目をする。
 誰を亡くしたのですか?
 聞こうとして踏みとどまる。人の心の領域には踏み込んではいけない領域がある。冴は自分の経験から思い知っていた。
「寒かったでしょう。ココアで暖まりましょう。大丈夫です。ぼったくりの店ではありませんから」
「あ。いえ、そのように失礼なことは思ってないので。ただ、なんとなく懐かしいカフェに見えました」
 冴の言葉に男性はにっこり笑う。
「常連さんはみな、同じこといいますよ。さぁ。樹希さーん。お客さんだよー」
 男性はドアを開けながら女主人に告げる。
「あらあら。こんな寒い夜に。ココアで大丈夫ですか? コーヒーも紅茶もありますよ」
 しっかり者のママが出迎える。
「いえ、ココアで……」
「はい。お好きな席にお座りください。今日はみなさん、足早に帰られましたから貸し切りですよ」
「まぁ!」
 冴は視線をさまよわせると隅の方のほっとしそうな場所を見つけた。父は窓際が大好きだった。
「じゃ、座って待ってましょうか」
 男性が手を引く。
「ここ。私のお気に入りの場所なんです。あなたもここがいいんですね。さぁ、悲しみの心を癒す時間です。ゆっくりしましょう」
「あ、あの! お名前はなんというお名前なんですか? 親切にしていただいてお名前も知らないままでは失礼ですから」
「通りすがりのカフェの常連てとこですが、若林倫といいます。あなたは?」
「冴。山野冴、と言います」
 二人の視線がからまる。やっと見知らぬ者同士から名乗りあった者同士になった。これからどんな絆が築けるのだろうか。彼とはこれからも一緒のような気がする。父の亡くなった日も満月だった。これは父の導きかもしれない。

 冴は一歩を踏み出した。


あとがき
なにやら、若者を出してしまったような。年齢設定し忘れて書いていました。冬満月。冬の季語です。違う季語を選んで考えていたのですが、解説を読むとシーンが合わない。のでぱらぱら見ていて決めた季語でした。この季節になると父のことを思い出します。昨日、今日とこんがらがった糸をほどいていたので、なんとなくそんな感じのお話が。ややこしい家族ですわ。今年は墓参りは頑としていかないと言ってるのですが、まだ時間があるから言うのが早いと言われ、困っています。なんとなく、行きたくないんです。小さな樹木葬の墓標を見るのが耐えられなくて。こんな小さなところに、と毎回泣くので、きついのです。それをわかってもらえない。もう、母と妹のいる空間にも行きたくなくて。妹だけとか母だけならいいのですが、三人になるとものすごく精神的苦痛を味わうのです。昨日も妹が来ていて、いろいろあって、傷心中なのに、わかってもらえない。何もする気が起きないのですが、土曜日の更新だけは済ませておこうと書きました。明日は執筆日なので最後の眠り姫を書いています。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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